第5話 先輩とクマチャン

『俺、西島にしじまと付き合うことにした。』

 虎二とらじが一限目の始まる前にポツリと呟く。少し困った顔をしていたが笑ったのでユエは頷いた。

『そっか、おめでとう。』

『・・・お、おう。ありがと。・・・あのさ・・・。』

 虎二が言葉を続けようとした時、先生が来て授業が始まった。

 その後虎二が話を続けることはなく、放課後になるとまた西島と二人帰って行った。珍しくぽつんと一人になった教室でユエは片づけを始める。

 なんか悪いこと言っちゃったかな?虎二とは朝の会話以降きちんと話せていない。椅子に座ってふうっと息を吐くと窓の外を見た。グランドでは部活の生徒達が楽しそうに走っている。その中にクラスメイトの男子と目があって手を振られたので振り返す。

『元気だなあ。』

 後ろで教室のドアが開き振り返る。制服をきちんと着て背の高い男子がポスターを持って入ってきた。

『あ、まだいたんだ?ポスターだけ貼らせてくれる?』

『あ、手伝います。』

 彼は掲示板を見て必要ないものを外してからポスターを貼り、見るのに問題ない部分へ外した物を貼りなおす。ポスターには文化祭の文字が躍っている。

『あ、文化祭!』

『うん。今年も良い文化祭にしようね。って・・・自己紹介がまだだった。僕は生徒会長の霧河ミネキ《きりがみねき》よろしくね。』

 霧河はにこりと笑う。目にかからない前髪を少しあげて黒縁の眼鏡をかけている。賢そうな雰囲気はまさに生徒会長だ。

『あ、如月きさらぎユエです。よろしくお願いします。』

『ユエちゃんか。僕は三年だから今年で最後だけど、楽しい文化祭にしようね。』

『はい。』とユエが笑って頷くと霧河は歯を見せて笑った。何気ない会話に花が咲く。会話が途切れたところで霧河はドアの前に立つと振り返った。

『ユエちゃんは部活とかあるの?』

『いえ。もう帰ります。』

『ならさ・・・途中までだけど一緒に帰らない?ちょっと寄りたいとこがあるんだけど一人で行きにくくて。』

『はい、私でよければ。』

『じゃあ、あと一枚ポスター貼ったら終わりだから少し待っててくれる?』

『わかりました。』

 仕事を終えて合流すると二人で学校を出る。霧河が行きたい所は喫茶店らしくお洒落な外観で中は女の子で溢れている。可愛らしいクマの形をしたケーキがショーケースにずらっと並んでいて、ドリンクと一緒に席で楽しめるようだ。

 霧河は二人分注文するとユエを連れて席に着く。

 窓際の席で店内が見渡せる。可愛いユニフォームの店員が注文を運んでくるとテーブルが賑わった。ホットコーヒーと可愛いクマのケーキが二つ。ユエの前にはホットカフェオレが置かれている。

『僕のおごり。付き合ってもらったから。』

『ありがとうございます。いただきます。』

 フォークでケーキをつついて口に運ぶ。フワフワのスポンジにカスタードクリームがたっぷり。

『うわあ、美味しいなあ。どうユエちゃん?』

『美味しいです。霧河先輩はこれが食べたかったんですか?』

『そう。でも見てのとおり、ちょっと一人では入りにくいじゃない?だからユエちゃんがいて良かったよ。』

 喫茶店を出ると、霧河が送ってくれるというので家の近くまで来た。

『ここで大丈夫です。』

 もう家まで一直線という場所で足を止めると霧河も頷く。

『そうか。じゃあ、ここで。今日はありがとう。』

『はい、ありがとうございます。また明日。』

 霧河と別れて家路に着く。自宅の前にろうを見つけてユエは手を振った。

『あれ?狼君、どうしたの?』

 狼はユエを見るとホッとした顔で駆け寄った。

『ごめん、一緒に帰れなかったから・・・。』

 中学生の頃、帰り道で痴漢にあったことを思い出す。あの時は虎二と狼がいつも家まで送ってくれていた。

『遅くならないようにしてるよ?心配してくれてありがとう。』

『ああ、うん。そうか・・・ならいいんだけど。』

 狼は少し困った顔で笑う。最近こうした顔をすることが多いのはどうしてだろう。

『あ、狼君、寄って行く?お茶でも飲まない?お母さんも会いたいって言ってたから。』

 話題を変えるために中学生の頃と同じように誘ってみる。狼も何かに気付いたのか頷いた。

『うん、そうしようかな。』

 中学生の頃と同じ返答、けれど少し違う雰囲気に胸がドキっとした。

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