第13話 俺は大人の本気を見るかもしれない③

白く四角いシルエットの治療院から少し離れた裏手には、なぜか滝のようになっている水場があった。ここで汚れを落とせという事らしい。


「水浴びか、空で水をこんなに使って良いのか? というかこの水どこから……」

「空に水があるのは別に変じゃないよ? 雲でも何でも使って用意できるし」


 そういうものか。そういうものなんだろう。


「じゃあ遠慮なく飛び込むか、確かに匂いとか体液とか気になっていたしな」


 状況が落ち着いてみれば、結構な臭気だ。


「ダーイブ!!」


 飛び込んだ先、硬い感触。


「うわっ!?」

「っ!?」


 これは。


 まずい。


 先客がいた。


 そして、ドロップキックをかました形になる。


「貴様!!! 死にたいらしいな!!!」


 声から、おそらく男。歳は同じくらいか?


「すみません居るとは思わなくて、悪気はなかったんです!!」


 深々と頭を下げる。これは100で俺が悪い。


「謝罪で済めば、沙汰は要らないぞ。切り捨てられても、文句は……」


 何だ、いきなりの沈黙。


 これ本当に斬られるやつかも。


「ニア……なのか?」


 なんで俺の名前を知っている? 名乗った覚えはない。


「はい。私はニアですが……?」

「お前、覚えてないのか」


 このパターンは、まさか。


「ムーノ、もしかして覚えてる? その、ニアの事とか」

「……メイサァ、お前もそうなのか」

「うん。そうだよ。ニアは……あの時に」


 今から俺は死んだ時の話をするのか? めちゃくちゃ気になるぞ。


「相手の最大攻撃を受けながら、私たちを逃して」

「妖刀の覚醒に必要な犠牲となって」

「「死んだ」」


 ん? 言ってる事が違うが?


「え?」

「は?」

「待って待って待って、ニアが死んだのは私たちが1人にしたからで、その後一回敵になったけど戻ってきて、そして私たちを守って死んだよね?」

「何言ってるんだ。ニアが死んだのは最後の切り札として用意した妖刀の覚醒条件が価値ある1人分の命で、そのために止める間もなく自害したからだが?」

「何それ?」

「それはこっちが言いたい」


 すっげえ良い死に様じゃん俺。見せ場! 散り様!! って感じ。


 それとこれもしかして、2人とも2週目で来てるが、同じ一周目じゃないなこれ。


 うわ、ややこしくなってきたぞ。


「よく分からないが、お前は俺の仲間だったのか?」

「仲間、そうだな。自分とニアは確かに仲間だった。最後のその時まで」

「そうか、そのニアとはおそらく別の人間だが。できれば仲良くしてくれると嬉しい」

「何を言う。そんな事は当たり前だ。自分はお前にもう2度と同じ真似はさせない」


 強く握手。よし、ドロップキックの件はうやむやになったな。しかしこいつの頭はなんだか面白い事になっているな。髪を染めて色が落ちてきた感じ、根本が黒で先が金とは。地毛なのか?


「ムーノと呼んでも良いか」

「いや、ムーと読んでくれ」

「分かった。ムーはどうしてここに?」

「っ……」


 何かを堪えるような表情、何か気分を害するような事でも言ったか?


「分かる、分かるよムーノ。ニアから名前を呼ばれる事は2度とないと思ってたから。こう、込み上げてくるものがあるんだろう?」

「すまない。再開しても平気だと思っていたが、自分は思ったよりも傷ついていたらしい。かつての友がここに居て、また名を呼んでくれる。これがどれほど嬉しい事か想像できていなかった」


 嬉しいやら、恥ずかしいやら。今の俺にはその記憶がないからどんな思いでそうしたのかは分からないが、仲間の期待を裏切る事のないようにしないとな。


※※※

高次元にて。


「どうなってんだアレ、記憶に齟齬が出てるぞ」

「ん? だってそれぞれのルート分岐した後の記憶を引き継いでるから当然だよ」

「は? ルート分岐? 何の話だ」

「一周目は厳密に言えば勇者ルートだったんだけど。それだと別の仲間との絡みが薄くてもったいないでしょー? だから他の可能性も同時進行でこっそり進めていたんだよね」

「なんか変な動きしてると思ったらお前そんな事してたのか」

「そういう事だから、着地点が違うのは当たり前」

「それは100歩譲って良いとしても、何で混ぜたんだよ。見ろよあの顔、自分の死因を2パターン言われてポカーンってしてるぞ」

「あははははは!!! 傑作じゃん、自分の死に方を何回も聞かされるなんてすごい経験値だよ。金属モンスター並かも」

「お前なぁ」

「でも良い感じじゃん。戦力も協力者も揃ってきて、このままいけばドラゴンに勝てるかも、結構余裕で」

「……お前、なんか悪い顔してるな」

「うーん、どうしようかな。もっと面白くなるのを期待するか、安定した攻略を眺めるか。悩みどころだ」

「おいおい、少しは楽させてやれよ」

「ふふふふふふふふふふ……!!」


▶︎第十四話 俺は大人の本気を見るかもしれない④に続く


【水生成・循環】

水を生み出す魔法、0から生み出すわけではないが1%を1000%にするくらいの無茶をしている。

留まる水が穢れなら、動く水は聖なるものに違いない。聖なるものなら、多少の無理は通すだろう。

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