【KAC20241】森の魔女と捨て子のネム

草乃

✱ 森の魔女と捨て子のネム

 ネムには三分以内にやらなければならない決まりごとがある。

 朝目覚めてからの、その三分間は毎日必ずやってくる。


 その頃のネムはルールなんてものを知らなかったし、時間で動くなんてことを理解できなかった。

 朝が来ても眠たければもう少し寝ていたい。お腹が空いたからなにか食べよう。師であるスイレンの後をてこてことついて回る。疲れたらひと休みをして、眠くなったらお昼寝を。そうやって体が欲するままに生活してきたのだけれど、どうやらスイレンはそれを許してくれなかった。

 拾ったときのまま、赤ちゃんと生活しているようだと師はいった。だから、訊ねた。わからないことは聴いて覚えなさいとスイレンはいつも言い聞かせた。

 だから、ネムはわからないから、赤ちゃん扱いではなくなる方法を訊ねた。


「赤ちゃんをやめるには、って?」


 かわいいかわいい。小さくてまん丸で、烏の濡羽色の癖っ毛がほうぼうに跳ね返ってる。

 そういって、ずうっと赤ちゃん呼ばわりをされたネムは、どうすれば赤ちゃんの地位から抜け出せるのかを訊ねた。


「まずはそうだね、朝は一人で起きないとね。それから起きたら着替えること、顔を洗うことは出来ないとね」


 そういってスイレンが、試すように笑みを浮かべた。

 この中で、着替えと顔を洗うことまでを三分ですること、と決めたのはスイレンだ。多少のイジワルもあったかもしれない。

 この顔をするときのスイレンは、たとえ時間が掛かろうとも、そのうちネムが出来ることを知っていてわざとこんな言い方をするのだ。


「できるもん」


 そう答えたけれどこれがなかなかうまくいかない。

 朝、起きられない。夜にどれだけ早く眠りについても、いつもスイレンの動いている気配がしてからしか起きられない。


 だから知り合いになった小鳥に、朝になったら教えて欲しいと伝えたけれど、小鳥の声にネムは唸るだけ。それからスイレンがやってきて「一人で起きるのは今日も難しかったようだね」と去っていく。

 明日こそはと何度も繰り返して、ようやく体が慣れてきたのかスイレンの声がなくても起きられるようになった。

 ようやくスタートラインだ。

 そこからはあの手この手で最終的に三分でできるようになると「それじゃあ」と次の約束事が始まる。時には早さが重要になることもあるのだと、それが全てではないことも、スイレンはネムによくよくいって聞かせた。


 朝目覚めてからの支度が三分で出来るようになって少しあと。

 ネムはスイレンにそういえば、と思い出したことを確かめた。


「おししょー、ネムはもう赤ちゃんじゃなくなりましたか?」

「……まだまだ」

「えぇー!?」


 切り目を入れたバゲットに野菜とハムを挟んだものをもぐもぐしているネムをスイレンが困り顔で見つめた。


「お喋りは口にモノを入れたままするものではありませんよ」


 ネムの口の周りについたソースやパンくずを拭ってやりながら「立派なレディーになる道は険しいね」とため息がてら呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20241】森の魔女と捨て子のネム 草乃 @aokusano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ