お嬢様、急いでネギ持って来ますね!

西園寺 亜裕太

第1話

わたしには3分以内にやらなければならないことがあった。


つい数十秒前まで、すでにお湯が注いであるカップ麺を目の前にして、嬉しそうに笑うお嬢様を見て、一人でしっかりとうなずいて納得していたはずなのに、大急ぎでキッチンへと向かう羽目になってしまうなんて……。


「久しぶりのカップ麺ですの〜」

お嬢様は楽しそうな声を出してお湯の入ったカップ麺を見つめていた。


カップ麺が大好きだけれど、この家の方針でなかなか食べさせてもらえないのだ。大好きなものを食べるのにも制限をかけられてしまう不憫なお嬢様。たまの好物くらいは満足いくように食べさせてあげたい。


だから、きちんとストップウォッチで3分ジャストになるように測るし、フォークとお箸とレンゲ、確実に満足して食べられるように、用意はしてあげていた。それなのに……。あるはずのものがなくてわたしは二度見してしまった。


(ネギが無いじゃないですか……!?)


お嬢様はラーメンには絶対に刻んだネギを乗せる派だ。それはカップ麺においても変わらない。別にネギが乗っていなくても食べることは食べるけれど、この間ネギ無しラーメンを食べたお嬢様は明らかにガッカリしていた。


だから、わたしはお嬢様のために急いで部屋を出た。

「どこに行きますの?」と後ろからのんびりと尋ねてくるお嬢様に返事もできないくらい慌てながら。


わたしは脇目も振らずにキッチンを目指した。もちろん廊下を走るなんてことは禁止されているから、長い廊下を全身を使って必死に競歩みたいにして進む。


急いでキッチンに到着してから、ストップウォッチを見ると、すでに2分が経過している。ヤバい。これは急がないと!


「あれ、そんなに慌ててどうしたの?」

料理担当の先輩メイドが、全力競歩の結果息を弾ませてやってきたわたしを見て首を傾げている。


「ネ、ネギを刻みに来ました!」

「そう、じゃあついでだし、刻んであげるね」

先輩メイドの優しい計らいにより、スムーズにネギを入手することができた。


わたしは刻んだネギを乗せたお皿を器用に頭に乗せて、意気揚々と行きと同じように両手両足を目一杯動かして、高速競歩スタイルで戻ったけれど、マズイことに気がついた。

「ストップウォッチ持って帰ってきちゃいました!」


わたしとしたことが、お嬢様に3分ちょうどで完成した最高に美味しいカップ麺を食べさせてあげるつもりが、これではお嬢様は3分測ることができないじゃないか! ネギの到着が間に合わなくても、最悪麺だけでも美味しく味わって欲しかったのに……。なんてことをしてしまったのだろうか……。


わたしはショックでその場にペタリと座り込んでしまった。

「お嬢様に美味しいラーメンを食べさせてあげたかったのに……」

すでに手元のストップウォッチは3分半を回っていた。今頃、お嬢様はすでに3分が経ってしまったことにも気が付かずに、麺が伸び始めているラーメンの完成を待っているのだろうか。


可哀想なお嬢様のことを考えると、涙を堪えられなくなってしまった。ネギは頭頂部に乗せたまま、その場に座り込んでしまう。

「お嬢様、ごめんなさあああい!!」

わたしは、お嬢様のせっかくのお楽しみを台無しにしてしまったダメメイドだ……。


「あら、どうかなさったの?」

廊下で泣いているわたしに、後ろから優しく包み込むような声がかけられる。この優しい声はメイド長の声だ。


メイド長はメイドだけれど、ご主人様たちと遜色ないくらい気品溢れる綺麗な人だ。やっぱり長年このお屋敷で働いている人はオーラが違う。それに、新米メイドのわたしにもとっても優しい。


「メイド長……」

「頭にネギを乗せながら泣いているなんて、ただならない様子ね」

心配そうにメイド長は尋ねてきてくれたけれど、振り向いたらネギを落としてしまいそうで、振り向くこともできない。


「何か困ったことがあったのなら、お話してちょうだい」

「わたし、お嬢様のカップ麺を伸ばしちゃいました……。お嬢様を待たせたまま、3分が経っちゃったんです……」


メイド長はわたしの前に回り込んで、しゃがみ込む。

「今何分なの?」

「もう4分経ちました……」

鼻を啜りながら答える。そんなわたしの手をそっと両手で包み込みながら、メイド長はゆっくりと首を横振った。


「まだ間に合うわ」

「カップ麺は3分で完成しちゃいますよ……」

「大丈夫、人によってはちょっと柔らかい麺が好きな人もいるわ」

「で、でも、お嬢様の好み、わかりません……」


メイド長はわたしの手を包み込む手に力を入れて、しっかりと言う。

「少なくとも、ここで諦めてしまったら、もうお嬢様に美味しいカップ麺を食べさせてあげられないわよ?」

メイド長の力強い瞳を見て、わたしはハッとした。そうだ、その通りだ。少なくとも、お嬢様の元に向かわなければ美味しいカップ麺を食べさせてあげることはできないのだ!


諦めかけていたわたしの背中を、メイド長はしっかりと押してくれた。不安ではあったけれど、わたしはネギを落とさないようにゆっくりと立ち上がり、慎重に頷く。


「メイド長、ありがとうございます! わたし、諦めません!!」

「その意気よ!」

メイド長が優しく背中を触って、ネギを落とさないように気をつけながら、軽く押すようにしてわたしの体を前に出してくれた。わたしは再びイソイソと歩き出す。


「お嬢様、すいませんでした! もう5分経っちゃいました!」

ノックもせずに勢いよく部屋に入った。


「あら、何やってましたの? もうラーメンできてますの」

慌てるわたしとは違って、お嬢様は優雅にラーメンを啜り込んでから答えてくれた。


「お嬢様、一体どうやって時間を測ってたんですか?」

「時間? そんなの勘ですの。わたくしの気分ですわ。正確に時間を測らないほうが硬かったり、柔らかかったりして、いろいろなパターンの味をランダムに楽しめて美味しいですの。今日はちょっと柔らかくて美味しいですわ」

お嬢様がニッコリとわたしに笑顔を向けてから、またラーメンを啜る。


「それにしても、このカップ麺に付いてるネギはとっても美味しいですの。新鮮なネギも大好きだけど、こういうちょっと乾燥気味のネギもカップ麺にはよく合っていて、良いですわね」

「刻みネギ付きのラーメンだったんですね……」

わたしは力が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「どうしましたの? なんだか元気がありませんの」

「いえ、なんでもないんです……。とりあえず、お嬢様が美味しそうにラーメンを食べていて良かったです……」

「よくわかりませんけど、あなたも一緒に食べますの。早くこっちに来てほしいですわ」

お嬢様が手招きをしてくれる。


「良いんですか?」

「もちろんですの! 一緒に食べた方が美味しいですわ」

わたしはお言葉に甘えてお嬢様の横に椅子を持ってきて座った。


「さ、口を開けてほしいですの」

お嬢様直々にわたしの口に麺を運んでくれる、なんて贅沢なのだろうか。


お嬢様の優しさと美味しい麺が混ざり合って、きっととっても美味なはず。そう思ってわたしは口いっぱいにラーメンを頬張る。けれど、口に入ってきたラーメンへの感想は想像していたものとは違った。


「熱っ! あっつ!!」

わたしは両手で口を押さえた。なんとか吐き出さないように、涙目で必死に押さえ込む。


「あ、ごめんですの……」

お嬢様が申し訳なさそうに謝ってくれた。

「つ、次からはちょっと冷ましたやつでお願いします……」

わたしは頭の上のネギの皿を机に置きながら、お嬢様に頼んだ。


「新鮮なネギで味変も良いですわね」

ネギを見つめているお嬢様は相変わらず楽しそうだ。熱い思いはしたけれど、とりあえずお嬢様が嬉しそうでホッとした。その後も、わたしたちは一緒にカップ麺を食べ進めて行ったのだった。

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お嬢様、急いでネギ持って来ますね! 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

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