第2話
「なにしてんの福原?」
急な出来事にフリーズしてしまった素晴に対し、眼前で姿勢正しくこちらを伺うその人は、さらに質問を重ねながらずいっと一歩、さらに距離を詰めてくる。
「ねぇ、ちょっときいてる?」
途端、甘い香りが鼻腔をくすぐり、急速に意識が覚醒した素晴は
「うぇっ!!!??????????」
と、思わず情けない声をあげてしまった。
「ぷくく、『うぇっ』って。福原驚きすぎ」
こちらのリアクションがあまりに滑稽だったのか、どうやらツボに入ってしまったようで、目の前にたたずむ女の子は笑いがこらえきれないご様子である。
うむ、非常に恥ずかしい。
何が悲しくて高校生活のスタートから——正確にはまだ入学式前なのでスタートすらしていないのだが——こんな辱めを受けねばならないのか。
と、愚痴を言うわけにもいかないので、ここは手早く話題の矛先を変えさせていただこう。
「えっと、たしか下田だっけ?」
素晴の記憶が正しければ目の前でいたずらそうな顔をしているこの女子と話すのは今回が初めてのはずだ。
ならば初対面にふさわしい当たり障りのない会話でこの場を乗り切ってみせる…!
「そだよー。あたし下田真菜。話したことなかったのによく名前覚えてたね?」
「まあ絡みはなかったけど3年もあれば同級生の名前くらいだいたい覚えるだろ。そっちだって俺の名前知ってたじゃん」
「そりゃあ福原は有名人だもん」
「まぁ、確かに」
下田の指摘にさもありなんと納得したのだが、
「それで福原が随分一生懸命クラス分け見てた理由は?」
と、どうやら彼女はテンプレートな挨拶だけで素晴を開放してくれないらしい。
「……ノーコメント」
「ふーん、初対面のあたしは信用できないから教えてくれないと」
「そこまで言ってないじゃん」
「でも教えてくれないんでしょ?」
「まあ、そうっすね」
「別にいいけどさー。福原は何組だった?」
しつこく聞いてきた割にはあっさり話題変えるんですね。
女子との会話、ムズカシイ。
「俺は3組。下田は?」
「あたしはこれから確認するとこ。てことでちょっと前を失礼」
そう言って下田は張り出されているクラス名簿の方へ向かうのだが、先ほどまで素晴が立っていた場所が確認にはベストポジションだったのか、素晴の目の前に陣取ってしまい引き続き非常に距離が近い。
自分の名前を探して頭を左右に振るたびにふわっといい香りがしてこちらは実に落ち着かない。
(いやそもそも俺が邪魔なだけだわ)
脳内にいるもう一人の自分からそう冷静に指摘され、素晴は静かに数歩離れた。
下田の後ろ姿をぼんやり眺めてみる。
背丈は160cmを少し下回るくらいだろうか。女子としては高くもなく低くもなく平均的な身長だろう。少しだけ明るく染めた髪は緩やかにウェーブしながら腰まで伸びて、さらさらと揺れる様を見れば丁寧にケアをしていることが容易に想像できる。あとスカートが短くて、そこから伸びたおみ足がとってもまぶしい感じです。
「あった!」
どうやら下田も自分の名前を見つけたようで、たいそうご機嫌そうにこちらへ振り返る。
「何組だったん?」
「ふふー、教えない」
「なんでだよ」
「あたしが何組か知りたければ、まずは福原の秘密を言いたまえ」
「んじゃ俺先行くわ」
「待ってよ!ここは普通ちょっと恥ずかしがりながらも教えてくれるところじゃん」
「いや下田が何組かとかそこまで興味ないし時間たてばそのうちわかるし」
「福原ノリわるーい」
下田はわかりやすく頬を膨らませ『あたしはいま不満でござい』とお気持ちを表明しているが、こちらとしても今日初めて話した相手に『とある女子と同じクラスになっていろいろ考えてた』などとはまさか言えるはずもなく、悪いがここは引き続き黙秘権を行使させてもらう。
「あたしの貴重な情報を逃してでも言いたくない、と」
腕を組んでふむふむとこちらを観察していた下田は、何を見つけたのか不意に納得顔を向けてきた。
嫌な予感がする。
「なるほど、女ね」
嫌な予感はあたる。
「ノーコメント」
「なるほど、ラブね」
「俺の話聞いてた!?」
「クラス分けの表を一生懸命見るのなんて、『あの人と同じクラスになれますように』しか理由ないじゃん」
「ぐっ、でもそれが女子、ましてや好きな人とは限らんだろ」
「いや男子だったらそもそも隠す必要もないじゃん」
「そうだけど!それはそうなんだけど、でもホントにそうじゃないから!」
「めっちゃ『そう』っていうじゃん。これははぐらかそうとしてますねぇ」
値踏みするように目を細めてこちらを見てくる。さっきまではくりくりまんまるのぱっちり二重だったはずなのに。
「それ気づいても言わないのが優しさだと思う」
「まあ今日はこれくらいにするとして、福原の意中の人はこれからじっくり暴いてあげるから。今年1年よろしくね、クラスメイトくん?」
そう言って下田はひらひらと手を振りながら校舎へと消えていく。
「高校初日から心折れそう……」
ひとつため息をついたのち諦めて教室に向かおうとしたのだが、教室についたとてまた下田と顔を合わせるという事実に辟易し、素晴はしばらくその場から動く気になれなかった。
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