福原君はゆれまくる -swing like a pendulum-

@Otsuu12

高校1年編

第1話

「福原福原福原福原ふくは……あった」

眼前に広がる数百の人名が記載された表から、素晴はさほど時間もかからず自身の名前を見つけ出した。

みな同じ色、同じ書体、同じ大きさで書かれているにもかかわらず、自分の名前だけやたら目立って見えたのだが気のせいだろうか。



1年3組35番 福原素晴



4月。

“新しい何か“が始まる季節。

世界全体がどこかそわそわと落ち着かないような、まるで旅行の前日の眠れない夜、そんな空気に包まれている。

それは素晴とて例外ではなく、無事に自身の名前を見つけホッとすると同時に、これから待ち受ける未知の青春に思いを馳せ、確かな興奮に心を震わせる。


中学との違いって何だろう——

やっぱり勉強は大変なのだろうか——

部活とかやってみようかな——

か、彼女もできちゃったりしちゃったり——


楽しみなことも不安なこともひっくるめて、今日から始まる新しい生活、新しい自分に心躍らせながら、素晴は足取り軽く教室へと向かっていく。




……などということはなかった。




「そらエスカレーター式なんだから名前があって当然ですわな」

今日は高校生活の幕開けとなる入学式。

一生に一度の晴れ舞台なのだろうが、この学び舎で4年目を迎えた素晴にとっては、どこを向いても見慣れた風景に、もはやなんの感慨も湧いてこない。



私立豊知学園。



中高一貫の進学校と言えば聞こえがいいが、その実、毎年何十人も難関大学や医学部へ進学するほど高い偏差値を誇るわけではなく、かといってプロ選手を輩出するようなスポーツの強豪校でもなければ、もちろん芸能人や名家のご令嬢もいない。


高校受験を経て入学してくる者もわずかにいるが、素晴をはじめ生徒のほとんどが中等部からのエスカレーター組で、校舎も同じ敷地内に存在と、逆にどうすれば“高校生だやっほい”とモチベーションを上げられるのか教えてもらいたい。



「んで、クラスのメンバーはどうですかね、っと」

高校1年生というよりは豊知学園4年生といった印象が強い素晴にとって“自分が何組であるか”というのは大きな意味を持たず、年度初めのこの瞬間に最も気にするべきは“誰がクラスメイトか”に尽きる。なお次点には担任がくる。


(上川いるじゃん。ほうほう知り合いが多いのはいいことですねぇ。お、松崎と吉岡も一緒か!)


中学時代、特に仲良くしていた3人と同じクラスになり自然とテンションが上がる。上川とは中学1年次という入学したてでお互い知り合いがほとんどいない状況で同じクラスになってからの付き合いで、今では一番仲のいい友達になっていた。


松崎と吉岡はいわゆる趣味友達で、休日にはよく3人で遊びに行ったり、互いの家を行き来したりと、こちらも付き合いが濃い。


その他の男子も半分ほどは中学3年間のうち1度は同じクラスになったことがあり、残りのメンバーに関しても深い接点自体はないもののちゃんと名前と顔が一致する。

人見知りする性格の素晴にとってはこれだけでも大勝利のクラス分けと言えるのだが、人間とは欲深いものでこうなると女子の顔ぶれにも期待してしまう。



「あっ」

名簿の最初に載っている名前を見て思わず声が漏れる。



1年3組1番 青木文花



その文字を見ただけで少し体温が上がったのを自覚する。


彼女を初めて見かけたのは今から3年前、中学1年次の入学式で、新入生女子たちの先頭を歩いている姿だった。

遠目だったこともあり、第一印象は「小柄だなぁ」、そして「小学生みたい」。


今にして思えば、この男、つい1か月前までは自分も小学生だったにもかかわらず、随分失礼な感想を抱いたものである。



名前も知らぬただの同級生だった彼女との関係性が変わったのが入学式の直後、クラス分けを確認し教室に入ったところ、入口直ぐの席で静かに佇む彼女の姿が目に留まった。

名も知らぬ同級生から、名も知らぬクラスメイトに。


そして直後に行われた自己紹介タイムを経て、彼女は「青木文花」になった。



その後はまあお決まりの展開というか、たまたま近くの席になった縁で交流が始まり、可愛らしい見た目と、落ち着いた印象とは裏腹に意外とお茶目な性格をしているといったギャップに無事心を奪われ、中学1年次の夏頃には彼女が好きだと自覚するに至る。




「これで4年連続同じクラスかぁ」


そう嘆息する素晴の顔には苦笑いが浮かぶ。もちろん今年も1年青木とクラスメイトでいられるのはとても嬉しい。

中学3年間ずっと同じクラスだったことを忘れない程度には彼女のことを気にしていたし、たまに連絡を取り合えるくらいには良好な関係を築けている。


ただ、秘め続けた淡い気持ちを彼女に伝えることだけは、素晴にはできなかった。


否、その資格がなかった。


青木と仲良くなりたい。——お前が?

クラスメイトではなく友達に。——その程度のお前が?

友達ではなく恋人に。——お前ごときが?


湧き上がる欲求と、同時にそれをあざ笑うもう一人の自分。

その2つのせめぎ合いに耐えられなかった当時の素晴は青木と自分に嘘をつく。



『気になる人がいるから協力してほしい』

ある夜、そう青木にメッセージを送った。


青木なら、茶化すことなく真摯に向き合ってくれると確信して。


しかもあろうことか彼女といつも一緒にいる、彼女の親友と言っていい女子をその『気になる相手』に仕立て上げた。


その女子のことが好きなことにしてしまえば、必然的に青木とも絡む機会が増えると打算して。


そして『気になる相手』に思いを伝え見事玉砕した素晴に対し、彼女は「結果は残念だったけど、自分の言葉でちゃんと気持ちを伝えられた福原くんは素敵だと思う」と心からの賛辞を贈ってくれた。


その言葉の宛先が、ちっぽけなプライドを守りながら己の欲求を満たすことしか考えていないくそ最低野郎とはつゆも知らずに。



一方の素晴も、青木から褒められて作戦成功と舞い上がっていたのもつかの間、偽りの代償で心に刺さった小さなトゲは次第にその大きさと鋭さを増して、気がつけば青木への気持ちすら曖昧になってしまうほど、その痛みに身動きが取れなくなってしまっていた。



(だからこそ、青木だけは好きになっちゃいけない)


眼前の名簿を睨みつけることで、追憶から強引に意識を戻した素晴は自戒する。




「女子のメンツは……もういいか」

そう独り言ちて、教室に向かおうと振り向いた素晴はしかし、



「なにしてんの福原?」



ふいにかけられた言葉に時間が止まり、次の一歩が踏み出せなかった。

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