君の名は

「なにも、難しく考えることじゃなかったんだ」


ガンカメラに砕けてゆく敵の機体を秒あたり二桁単位で確認しながら、ユウは呟く。


自分の家族と、知らない誰かの家族。

ジブンの命と、顔も知らない敵の命。


大事な方なんて、初めから決まってる。


あたしだけが堪えて、他人はその上に胡坐をかいて腰を振り合い幸せを謳歌するなんて・・・


光学欺瞞映像デコイを残し電磁気ネットでカモフラしながら移動、次の射撃座標につく。


「許せねえよなぁwww」


全火器を連続斉射。


ハンパンツァのデコイに向けヒステリックに、あるいはただ漫然と砲撃を行うリーゼが次々と爆散し、全球モニタが光とネガ反転したマーカーで埋め尽くされる。


(人型戦闘機・・・こんなロボットに乗っていい気に殺し合いしているクソ共はもとより・・・)


密集というほどではないが、慣性に乗って突入を開始し既に有効な散回半径を確保出来ない敵機が次々と火球と成り、またはバラバラに分解し大気に飲まれ燃え尽きてゆく。


地獄のような断末魔の光景をなんとなしに見つめながら、のべつ幕無しにユウの感情は流れ続ける。


(他人の悲劇など自分にはなんの関係もないと、罪も無く日々平穏に過ごす善良な人たちに、せめて)


(別に平等に不幸になれとは言わないけど、あたしの心の穴を埋めさせてもらわないと)


(そうしないと、公平・・・平等・・・とにかく、心の釣り合いが取れないの)


「早く大地へ・・・沢山の人が幸せに暮らす地上へ降りたい」


人類の生命活動に比せば無限に熱を生み続けることが可能な重力機関。


そのパワーにより次々と生成、装填されてゆく大質量砲弾を、ユウはひたすらに敵リーゼへと挿入してゆく。


「フフ、男のひとって・・・こんな感じなの?」


酩酊する自分に背を向け、立ち去るバルフィンドの背中が目に浮かぶ。


視界内から脳裏へと次々に開き続ける敵性脅威撃破のガンカメラ映像、その爆散してゆく敵リーゼ、ゾカの姿。


体の中心に楔を打ち込まれ、砕かれながらも何かを求めるように伸ばされたマニピュレータに、届かないルフィの背中へ伸ばした自分の手が重なる。


「名前、呼んでほしいよね」


数が増えるに従い字面を塗り潰してゆくアラビア数字のキルカウントは既に四ケタへ迫ろうとしていた。


「教えて。呼んであげるから、教えて・・・」


全てを掛けて憎み続けているハズの他人という属性が、なぜか今は無性に愛しかった。





「チッ、大会のキャンペーンシナリオで惑星大気への慣性突入なんざ数十はこなしてるってのに・・・やっぱ現実は厳しいぜ」


そう愚痴りつつも、笑みあがった口元から犬歯を光らせルフィはトリガーを引き続ける。


「五パーセントだ」


ガンカメラに敵影が砕ける度に、ルフィの口が何かの確率を呟き続ける。


五パーセント、五パーセントだ、と。


「この戦闘での俺の生存確率」


装甲からフィードバックされる重粒子反応を知覚し、躱した射線へ撃ち返す。


「125機まで殺せるってことだ、なんとしてもそれ以上を道連れにしてやる!」


そんなルフィのブラウ・ワンを見ながらナミエが飽きれたように漏らす。


「五パーも125機もなんの分析も無い実効的現実力をもつ数字じゃないでしょ、なのになんなんあの活躍」


『ああ、あの動きはガムオンの”輝ける額”スターリングヴァルチャーか』


脳内に謎のチャンピヨンが現れる。


ちな、ナミエのハンビオン・・・レグナは周囲からのゾカの集中砲火を被弾し続け太陽のように眩しく輝いている。


「なーに、ガムオンて。実は友達なの?」


『リーゼの対戦ネットゲームだよ。・・・いや、別に友達じゃあ無い。戦況を整えてキル数を稼いでる時にフラッと現れてスコアを攫い消えてゆくハゲタカみたいな奴だった』


へえ・・・やるじゃんルフィ。

なんか見直したわ。


『なぜその評価になる』


「え、だってなんか生活力ありそうじゃん」


『生活・・・伴侶をさがし求める女性のようなコトを、恥ずかしくないのか』


え?


「いや、なにを恥じればいいの?」


男だと思われてんのだろうか・・・なんという恥辱!


『何を恥じろ、だって?!』


めたくそ吃驚してる。


『男も女もなくただ一人が社会の構成単位となった宇宙世紀において同棲を選ぶなど・・・ありえないだろう!』


「。。。ごめん、ちょっとわかんない。それよりアフロは?」


『なん・・・いや、そういう時代なのか。アフロ君ならそこで死んでいる』


死んでる・・・え?生きて無いのに。


意識の片隅をさらってみると、たしかに死んだようになったアフロがいた。


・・・あに死んでんだよ、成仏しろよ・・・


アフロの幻影はむくりと起き上がり、叫んだ。


『ナミエおまえ・・・男がケツアナほじられる恐怖と屈辱を教えてやろうか!』


「はぁ~?ひょっとして女は股開くの当然で辱めを感じて無いとか思ってんの?」


『は?あるワケねーだろ?つかどうでもいいわ』


「お前の方がどうでもいいわ」


またアフロ大好きケツアナおじさん部屋へ放り込む。



「戦闘は・・・あれ?終わったの??」


いつの間にか砲撃の被弾が終了していたらしく、明瞭になった周囲を見回す。


「なーに、あの潰れたアワみたいの」


みんな半球状に歪んだ半透明の球体に機体を預けている。


夫々が球体の頂点・・・進行方向へまとわせた眩い光が強く輝き始めた。


「キレイ・・・」


『圧縮された大気だな。太陽よりも高温になるそうだ』


へえー


その光る泡が、弾ける。


あ、と思う間に周囲数十の泡が瞬く間に弾けてゆく。


「ああー!、え?誰が撃って・・・ユウ?」


大地の輝きでなんも見えんソラの彼方から、重粒子砲弾が雨のように降り注いでいた。



「ウソだろ?!同じ速度で突入してんだぞ!ユニオンのリーゼは燃えないのかよ?!」


ザk・・・・D型装備展開中のゾカのコクピットシェル内でザイオン兵士が叫ぶ。


大気に弾かれぬよう艦船と違いかなり極端な速度で突入しているリーゼは、圧縮大気による洗礼を免れ得ない。


重力機関のセーフティにより装甲形状と内部の人や補器類は質量的に保全されるが、熱交換機能は確実に破綻し・・・中の人は煮える。


雨のように降り注ぐ重粒子砲弾の火箭の中心へと、半狂乱でトリガーを引き続ける。


「落ちろ、墜ちろ!お・・・い、ウソだろ」


パイロットの視界に、巨大な圧縮大気のカタマリとなったドルフ・・・ハンパンツァの輝きがのしかかる様に広がってゆく。


「ばけも・・・の?」


迫りくる敵機の姿に息子に買ってやったエイリアンの玩具を連想しながら、トリガーを引く指さえ硬直した兵士の目前で、その機体の頭部装甲が顎を開く竜のように展開してゆく。


ザイオンのものとほぼ変わらないコクピットシェルがむき出しになり、そこから現れた人間に兵士はおもわず目を剥いた。


「女の子・・・パイロットなのか?!」


『・・・て』


「な・・・通信など、インターセプトされる筈が・・・」


電磁的或いは重力理論()的な波動交信は発熱や惑星質量など状況的に不可能であり、量子理論によるものは基幹技術が確立途中の筈、などと全宇宙の意思により解説思考を励起されるかわいそうな兵士の耳に、少女としか思えない声音が聞こえてくる。


『教えて・・マエ、あなたの。呼んであげ・・』


教えて?なにを?


白く輝く炎を纒わせ漂いくる少女を、ガンを離したゾカの両手で庇うように包み込む。


『あなたの名前』



「ケンジだ」


少女は兵士の名の音を追うように口を開き、微笑む。


君は、と問いかけた兵士の手の中で、少女はあっさりと燃え尽きていった。




眼前にあった巨大な敵機も、最早影も形も存在していなかった。



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