赤い矮星
「あら、ギルベルト。どうしたのですか」
被撃墜後ギルベルトがザムに回収され、ザイオンの月の基地ディアナへ帰投(入港は出来ず連絡艇による移動だった)しその歩みも重く中将閣下へ報告へ向かっていると、通路で小さな女の子と遭遇した。
彼は装飾的な兜を脱ぎ、同時に素早く跪礼を取る。
「公女殿下、拝謁仕ります」
「よい、面をあげよ」
少女の喉許へと視線を上げる。
(・・・今日は赤い瞳か)
「ニャアよ。無礼であろう!その仮面を取らぬか」
侍従が叱責が通路内に響くが、ギルベルトは動かない。
「よい、よいよ。我も既に臣籍。爵も男へと降りたことであるし隔意を表す者も増えるだろうて、仮面如き大事ないわ」
少女が笑いながら侍従を制し、引き連れ去ってゆく。
通路の真ん中へ座すギルベルトを避けて。
少女を先頭に続く侍従、取り巻きの最後の男がギルベルトを通路脇へと蹴り倒した。
転がり、壁面へ頭を打ち付けるギルベルトの手より転がった兜が少女の足元へ向かう。
直前で派手な勲章をゾロゾロつけた取り巻きであろう男が拾い上げた。
「この男・・・どこまで殿下を愚弄すれば」
「よいというた。ゆくぞ」
苦悶を吐き捨てるような声を軽やかな少女の声が払い、今度こそ一団は振り返りもせずその場を去った。
ギルベルトは少女と集団が完全に見えなくなると立ち上がった。
「・・・ええい、なにをしているのだ、私は」
自らを叱咤するような独り言に、いつのまに戻ったのか足元の赤い瞳の少女が答えた。
「そちの妹は、敵の船におるぞ」
「殿下・・・!」
ほれ、と侍従が放り捨てた兜を差し出されたそれを受け取ると、ギルベルトの前には最早誰も居なかった。
「・・・相変わらず面妖な」
振り返り、目的地へと向かう。
無機的な通路は歩みと共に道幅を増し、円柱や石壁といった壮麗な雰囲気へ変じていく。
大扉の前へ立つと、両脇の儀仗兵が石突きの音高く敬礼する。
開いた大扉の先では王座と見紛うばかりの大きな椅子に巨大な体を沈めつつ、宙に浮かぶ様々な電子媒体へと裁可決定を忙しなく行うバルバドス中将の姿があった。
ギルベルトは歩を歩み進め、停止とともに胸の前へコブシをあげて軍令を取る。
そのまま半時間ほど。
「おう、アズラエル・・・ニャアではないか」
「ニャア・アズラエル。お召しにより参上仕りました」
大男は一瞬何のことかわからないようなカオをするが、すぐさまその表情が険しいモノへと変貌する。
「少しは使えるかと目を掛けてやればおのれは・・・どのツラ下げてここへ来おった!」
召された、と既に招聘を主張していたギルベルトはさらなる次第の問い質しに、顔を伏せ愚にもつかぬおざなりを続けるしかなかった。
「身の不明、恥じるばかりに御座います」
「ふん、ハマミは助命を嘆願しておったが・・・たかが子供の言で軍の規範は覆らぬわ」
バルバドスは側の太刀持ちよりぬらり光る刀身を引き抜くと、ギルベルトの肩を峯でゆっくりと押さえ下ろしていった。
肩に乗せられた重圧はニャアの腰を折り膝を砕けさせその場へと膝をつかせた。
「アズラエル。古の天使の家名を持ちながらも不甲斐ない!・・・キサマは大地へと左遷だ」
疾くと消えろ、と身を返し椅子へ座した中将を不審・・・かどうかは仮面でわからぬが見上げるギルベルト。
「中将閣下・・・大地は」
地上の主要都市はほぼザイオンに占領されており、エリート親衛隊などの公爵家血の係累や家人達が略奪祭りを行っている高級リゾート地では、と言葉を続けようしたのかどうかはわからないが、そんな雰囲気は中将の一言で遮られる。
「決戦までパロマのケツでも拭いていろ」
ギルベルトは立ち上がり、敬礼して部屋を出た。
佐官用の自らの部屋へと戻ると、ひとりごちた。
「見抜かれている?・・・わたしの復讐を」
仮面を脱ぎ酒をグラスへと注ぐ姿は、先程少女より告げられた妹の存在など欠片も頭にには無いようであった。
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