【KAC20241】○○には三分以内にやらなければならないことがあった部屋

鈴木空論

○○には三分以内にやらなければならないことがあった部屋

『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』


 部屋のドアの上に、そんな文言の書かれた無駄にでかい横断幕が掲げられている。


「……なんだこれ」


 目を覚ました角西太郎は横断幕を見上げながら声を漏らした。


 全く覚えのない、広さ十二畳ほどの殺風景な正方形の部屋だった。

 ドアは外側から鍵が掛けられており、窓もない。

 部屋の中にあるものといえば、天井の照明器具とドアの上の横断幕、そしてドアと反対側の壁に掛けられた大きめのサイズのモニターだけだった。


 モニターにはすべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れの映像が延々と流されている。

 木々をなぎ倒し、岩山を砕き、高層ビルを倒壊させる。


 見応えのある映像ではあるものの、何故こんなものが映し出されているのかは良くわからない。


「おーい、誰いないのか! ここから出してくれ!」


 角西はドアを叩きながら叫んだ。

 しかし何の反応もない。

 少なくとも部屋の外には誰もいないようだ。


 状況は不明だが、どうやら自分はここに閉じ込められてしまっているらしい。


「参ったな……」


 角西は途方に暮れた。


 一体ここは何なのだろう。

 昨日の夜は普通に自分のベッドに入ったはずなのに、目が覚めたらここにいたのだ。


 ……いや、待てよ?

 寝ている間にこんな場所へ移動させられたりしたら普通は起きるだろう。

 これ、本当に現実だろうか。


 角西はふとそんなことを考え、試しに自分の頬をつねってみた。

 かなり力を込めたはずなのに全く痛くなかった。

 それどころか、引っ張られた頬は引っ張られるまま、うにょーんと餅のように伸びる。


 夢だこれ、と角西は理解した。


 ただ、奇妙な感覚ではあった。

 間違いなく夢のはずなのだが、まるで現実ように意識がはっきりしている。

 初めて見るがこれが明晰夢というやつなのだろうか。


 とりあえず、ここが夢の中であればこんな奇妙な状況であるのも納得できる。

 そして、どうせ夢なのなら無理に部屋から脱出する必要もないだろう。

 角西はその場でゴロンと横になり、この夢が終わるまで待つことにした。


 自分が閉じ込められていることや横断幕の『三分以内にやらないといけない~』という文面から察するに、この夢はどうも脱出ゲーム的なものなのだと考えられる。

 だが、脱出ゲームと言っても所詮夢の中での出題なのだ。

 解答がちゃんとあるかはわからないし、あったとしても「なんだそりゃ?」とモヤモヤするような理不尽なものに決まっている。

 そんなものに真面目に取り組んでも仕方ない。


 角西は欠伸をした。

 そういえば夢の中で眠ったらどうなるんだ?

 そんなことをぼんやり考えた。


 その時だった。


 不意に視界の上のほうに『3:00』というデジタル表示が現れ、カウントダウンを開始した。

 同時にトラックでもぶつかったのかという衝撃音とともに部屋全体が揺れる。


「な、なんだ!?」


 角西は飛び起きて音がしたほうを見ると、そこにはモニターがあった。

 すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れが延々と映し出されていた謎のモニターである。


 そこには相変わらずバッファローの群れが映し出されていた。

 ただし、バッファローたちはどれもカメラ目線――というか、角西を睨みつけているようだった。

 どういう原理か知らないがモニターの向こうとこの部屋は繋がっているらしい。

 バッファローたちはモニターを乗り越えてこちら側に来ようと衝突を繰り返しているのだ。


 バッファローがぶつかるたびにモニターは歪んで凹凸ができ、やがてヒビが入っていった。

 これが続いたらモニターを突き破ってバッファローの群れは角西に襲い掛かるだろう。

 夢だとはわかっていてもその迫力に角西は縮み上がった。


「まさか、このカウントダウンって……」


 デジタル表示は丁度二分を切ったところだった。

 タイミング的に考えて、モニターが限界に達して穴が開くのはこのカウントがゼロになる辺り。


 つまり、助かりたければそれまでにどうにかしろということらしい。

 これが横断幕の『三分以内にやらなければならないこと』の出題、というわけだ。


「で、でもどうしろってんだ?」


 角西は慌てて部屋を見回しながら言った。

 前述の通り、部屋の中にはほとんど何もないのだ。


 問題のモニターの他にあるものといえば、横断幕と照明、そして閉ざされたドアだけである。

 これだけでは、何も工夫のしようが――。


「……そうか!」


 追い込まれたことで脳がフル回転してくれたのか、角西は突然閃いた。

 急いで駆け寄ると、モニターを壁から引きちぎりドアに向ける。


 角西がそうしたのとほぼ同時にカウントダウンはゼロになった。

 モニターが砕け散り、無数のバッファローが室内へなだれ込む。


 すごい勢いで飛び込んできたバッファローたちは止まることができずそのままドアに激突した。

 しかし高層ビルですら破壊してしまう群れである。

 こんな部屋のドアなど相手にならない。


 バッファローの群れはドアとその周囲の壁を突き破ってそのまま走り去っていった。

 喧騒が過ぎ去った静寂の中、角西はモニターを抱えたまましばらく立ち尽くしていた。


「……終わった、のか?」


 ぽつりと呟く。

 すると、パラパラパラララ~、と拍子抜けするようなファンファーレが辺りに響いた。

 どうやら脱出ゲームはクリアになったらしい。


 ――これでようやくこの夢からも醒められるのかな……。


 角西はモニターを置き、大きな溜め息をついた。

 やれやれと身体を伸ばしながら部屋の外へ出る。

 そして、足を止めた。


 部屋の外には一回り大きな同じ間取りの部屋があった。

 そして出口と思われるドアの上には、横断幕が掲げられている。


『続・○○には三分以内にやらなければならないことがあった』


「………」


 終わってないのかこのゲーム、と角西は思った。

 悪夢はまだまだ終わらないらしい。

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