第26話 生えるならウサミミで
君枝ちゃんの頭の上には、ピンと高く伸びた真っ黒な耳。私たちの声に反応してか、くるくると左右に向きを変えている。
「どう見てもウサギの耳じゃな」
「なんだって?」
傾げた首と一緒に耳もへにょんと折れ曲がっていて、こう言っては何だけど、とっても可愛い。
「君枝ちゃん。この鏡で確認するっス」
「あ、ああ、ありがとうね真神ちゃん」
渡された手鏡で頭上のウサ耳を確認して、一旦目を閉じてもう一度確認して、手鏡を遠ざけたり近づけたりして三度確認して、ようやく君枝ちゃんは現実を受け止めた。
「ウサギの耳が生えているじゃないか」
「局長ってウサギさんだったんですね」
「馬鹿言うんじゃないよ。どう見てもただの人間だろうに」
ウサ耳をピンとさせながら言っても説得力はない。
「それにしても黒い耳とは。因幡の白兎じゃなくて、黒兎だね」
「〈黒の剣士〉も黒っスから、二つ名は『黒兎(こくと)』っスね……。あるいは『黒の双剣士』、この場合の『双』は2人って意味で……」
愛理ちゃんの琴線に触れっぱなしで、ついに二つ名まで付けだした。君枝ちゃんはロールプレイしてるわけじゃないんだから、無理に名前を付けなくても良いんだよ。
「ウサギさんは初めて見るにゃ!」
「触ってみるかい?」
「良いのにゃ?」
「もちろんだよ」
片耳がへにょりと茜ちゃんの方へと垂れた。もう使いこなしてるじゃん。使うって言い方が正しいかは知らない。
「にゃ! ふわふわしてるんにゃけど、芯はしっかり硬いにゃぁ。不思議な感覚にゃ!」
「ちゃんとウサギ耳にも感覚があるね」
「そんなにのん気にしている場合じゃないと思うんですが……」
私も触ってみたいけど、茉莉さんの言うことももっともだ。触ってみたいけど。
「そういえば、マヨヒガの皆さんは尻尾がありますが、局長にも尻尾があるんですか?」
「うん? ああ、パンツが少し窮屈だと思ったら、尻尾があったのかい。ほら」
いくら女同士とはいえ、いきなりお尻を見せつけるのははしたないよ。
「尻尾も真っ黒なんですね」
「そうなのかい。自分では見えないからね」
だいたい10センチくらいの長さの、短くてふわふわな尻尾だ。ピピピと小刻みに震えていて、君枝ちゃんの成熟したイメージとはちょっと違う。落ち着きのない感じで、もしかしたら勝手に動いているのかも。
「話を戻しますけど、落ち着いている場合ではないですよね。ウサギの耳と尻尾ですよ? 一体どするんですか局長」
「どうするたって、生えてきたものは仕方ないだろう。それに真神ちゃんがダンジョンに入っていればこうなるって言ってたしね。確認できて良かったじゃないか」
「そ、そうっスね」
ああ、そういえば、ロールプレイの一環で、愛理ちゃんがそういうことを言ってたね。あのときはロールプレイの独自設定で、本当のことではなかったんだけど、図らずも真実を言い当てていたのか。
「ひとまず課題を終わらせてしまわぬか。君枝ちゃんがどういう状況なのかは、ミズチにも確認してもらいたいでの」
明日香さんの〈龍眼〉なら、このウサミミがどういうものなのか詳しく分かるかもしれない。また、君枝ちゃんの許可を貰えるなら、愛理ちゃんに〈鑑定〉してもらってもいい。
「そうだね。ちゃっちゃと終わらせるかい。出てきな、〈黒の剣士〉」
この〈黒の剣士〉なんだけど、君枝ちゃんそっくりの剣士が出てくる。ということは――、
「生えてるにゃ」
「生えてるっス」
「生えていますね」
「うむ。しっかりとウサミミと尻尾が生えておるの」
◇ ◇ ◇
「長谷川局長、ちょっとは大人しくできないんですか?」
落ち着いて話ができる場所、ということで、試練型ダンジョンから関東局へと戻ってきた。終始愛理ちゃんの〈水魔法〉で姿を隠していたので、今のところ誰にもバレていない。
そうして、理恵さんと山根ちゃんの2人に、ウサミミが生えた君枝ちゃんを会わせたところ、山根ちゃんからは先ほどの発言が飛び出し、理恵さんは頭を抱えて机に突っ伏した。
「むしろ最初がただの冒険者でなく、私で良かったじゃないか。関東局局長の私をどうにかしようってのは、相当頭のおかしな連中だけさ」
「不幸中の幸いでしたが、それとこれとは別です。しばらくはこの件の対処で、他に何もする余裕がないと思ってください。ダンジョンなんてもってのほかです」
「しょうがないか……」
「まずは根回しが必要です。世界冒険者協会にも直接出向く必要があるでしょう。見て、触れなければ、信じてもらえないでしょうし」
さすが山根ちゃんだ。想定外の事態に強い。想定外マスターだ。
「玉藻さん、長谷川のウサギ耳と尻尾は隠すことが可能なのですよね?」
「うむ。おそらく可能じゃろう。このようにな」
狐耳を消して見せた。
明日香さんの〈龍眼〉によると、厳密には私たちのケモミミ・ケモ尻尾とは違うものらしいが、扱いとしては変わらない。気合で隠蔽できるところも同じだ。
正確には、魔力がその人に合わせて形を成したもので、外部ブースターとしての役割が云々と明日香さんは言っていた。詳しく知りたいなら明日香さんに聞いて欲しい。
「そういうことですので局長。これを覚えるまで、関東局に泊まり込みです」
最後まで理恵さんは突っ伏したままだった。
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