第25話 溜まった魔力ならギュッとしてシュワーンで
茉莉さんの考察は、一見筋が通っているように思える。
「お主の考えによれば、そのコードとやらの違いに対応できさえすれば、人の鑑定もできるようになるのう」
「〈物品鑑定〉に倣って言えば、〈人物鑑定〉でしょうか」
「そいつがあれば、冒険者登録のときの〈ステータス〉登録も楽になるねえ」
「そんなに簡単なことではありませんよ局長。今でさえ、プライバシーの問題などで、正確な〈ステータス〉は秘密にする風潮があるんですから。それが自由に見られるとしたら……」
楽観的な君枝ちゃんとは違って、茉莉さんの表情は渋い。問答無用で〈ステータス〉を見ることができる、その可能性があるだけで、荒れる条件は揃っている。
「ああ。初めてマジックバッグが見つかったときみたいになるか。あれと同じは勘弁してほしいね」
「国によっては〈ステータス〉を軍事機密にしているところもあります。スパイ合戦が始まりますよ」
「騒がしくなるのは遠慮したいのう」
ここで思いつくのが、初めて彩華ちゃんと出会ったときに、愛理ちゃんの〈鑑定〉を防いだマジックアイテムだ。使い捨てだったので乱用はできないけど、防ぐ方法があるというのは、無断での鑑定を抑止する効果がある。
このマジックアイテムの存在を冒険者協会に教えるかどうか、あとで皆で相談しよう。
「明日はどうするっスか? 〈人物鑑定〉があるか、お願いしてみるっスか?」
「いえ、やめておきます。スキルを忘れる方法はありませんから、局長に対応を決めてもらってからの方が良いでしょう」
「にゃぁ。〈人物鑑定〉を持ってるだけでスパイと思われるかもしれにゃいにゃ」
「安全性の面でもやめておいた方が良さそうですね」
そういうわけで、〈人物鑑定〉に関しては当面の間は様子見。冒険者協会の中で方針が決まってからの対応となる。
最終日。関東局から出てきた君枝ちゃんの顔は、気力が失われてげっそりとしていた。きっと、相当理恵さんに絞られたんだろう。もっとも、試練型ダンジョンに着くころにはすっかり元通りに戻っていた。
「今日は〈呪符〉は取り止めて、〈黒の剣士〉1本でいくよ」
「〈呪符〉は関西局に任せることになりました」
「にゃぁ。残念にゃぁ」
〈呪符〉スキルの習得の教師役となっていた茜ちゃんが残念そうだ。ちょっとしょんぼりしている。
「ごめんね猫神ちゃん。個人的に練習は続けるから、〈呪符〉スキルを覚えたら猫神ちゃんに知らせるよ」
「本当にゃ?」
「本当さ」
「約束にゃ?」
「ああ、約束さ」
しょんぼりした茜ちゃんを見かねて、君枝ちゃんが約束をしちゃった。これで〈呪符〉を取得するまでお習字から逃げられない。試練型ダンジョンが終わったら、書類仕事とお習字で、しばらくは机から離れられないんじゃないだろうか。
気を取り直して、ダンジョンで課題を熟していく。呪符の課題がなくなったので、君枝ちゃんの〈黒の剣士〉から始めて、〈物品鑑定〉と交互にお願いをする予定だ。
「〈黒の剣士〉に承認印を押させるのってアリだと思うかい?」
ちょっと君枝ちゃんの努力が変な方向に行こうとしているので、元に戻しつつ、その他は2日目と同じく順調に進んでいる。
「〈物品鑑定〉がレベル2になりました。バフ食材の効果が分かるようになっています!」
「〈黒の剣士〉は上がる気配がないね。取得方法が取得方法だし、上がりにくいのかね」
本日4回目のお願いで〈物品鑑定〉がレベル2になった。課題をこなした回数で言えば、剣士の方が1回多いが、レベルが上がったのは鑑定の方が早い。
「まだ最後の1回が残ってるっスよ!」
「諦めるのはまだ早いにゃ!」
「そうだね。最後の課題を頑張るとしようか」
〈黒の剣士〉の成長をお願いした課題は、モンスターを倒すというシンプルなものだ。これは2日目から変わっていない。
君枝ちゃんの動きも良くなっていて、攻撃に合わせて剣士の腕を召喚して手数を増やす方法はほぼマスターしている。
特に連続突きはかっこよくて、本人と黒の剣士が交互に突きを放つ様は、まさに突きの嵐。愛理ちゃんの命名によると『黒剣流・穿雨(こっけんりゅう・せんう)』と言う。
他人の技にまで名前を付けるのはどうかと思うが、君枝ちゃんが気に入っているのでヨシ。ちなみに、黒剣流とは〈黒の剣士〉を使った剣技のことだ。
『黒剣流・穿雨』でモンスターを穴だらけにしている君枝ちゃんを見ながら、私はやっぱり違和感がある。君枝ちゃんの中に魔力が溜まっていて、何かこうギュッとした方が良いような、もどかしい感じ。
自分の体なら、まず間違いなく即座にギュッとしてシュイーンで解消したくなるような溜まり具合だ。でも、私以外はほとんど気にしていない。絶対気になると思うんだけどな。
「君枝ちゃんよ、もっとこう、ギュッとしてみたらどうじゃ」
「ギュッと?」
「そうじゃ。やはり魔力が溜まっているように見える。〈黒の剣士〉に影響があるかは分からないが、どうにも違和感がな」
「ふむ。自分じゃ分からないけど、玉藻ちゃんが言うんならやってみようかね。今回で最後というのもあるし。どんな感じにやるか教えてくれるかい?」
「うむ。こうじゃ」
ギュッとしてシュイーン、いや君枝ちゃんの場合なら、ギュッとしてシュワーンって感じの方が近いかな? ギュッで固めて、シュワーンで解放するイメージだ。最初にギュッとすることで、後の解放がよりスムーズになると思う。
「玉藻さんのフィーリングが出たっス」
小声で愛理ちゃんが何か言っているけど、ちゃんと聞こえてるからね。
「意外と難しいね。こう? いや、こうかい?」
君枝ちゃんの魔力がギュッとされて、シュワーン! 良い感じだ。溜まっていた魔力は、霧散するかと思ったけど、君枝ちゃんの体の中を巡っている。きっと長年の肩こりが解消されたようなスッキリ感があるはずだ。
「成功したようじゃな」
「なんだか体が軽い気がするよ」
「にゃ!?」
「君枝ちゃん、それは何スか!?」
「局長!? 頭の上に!」
ああ、どうやら私の見間違いではないようだ。
「ん? 何だいこれは? 耳?」
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