第19話 お習字なら苦手で

 つい忘れがちになるが、人は生身では高高度に行けない。


 高山トレーニングという言葉があるように、高度の高い場所は人の心肺に負担をかける。また、単純に寒いということもある。


「すまなかったのじゃ、茉莉よ。妾たちと同じような感覚でおった」


「い、いえ、大丈夫です」


 大丈夫と言うが茉莉さんの顔色は悪い。一応明日香さんも配慮はしていたんだけど、不足していたみたい。


「君枝ちゃんが気付いてくれて良かったっス!」


「いや、私も興奮して言い出すのが遅くなってしまったよ。反省しないとね」


 君枝ちゃんは高レベルらしく体が丈夫で、それほど影響はない。茉莉さんがどれくらいのレベルなのか、事前に確認しておけば良かった。後で聞いたら、まだレベル3だったらしい。


「低い位置を行くにゃ。体調が悪くなったらすぐに言うんだにゃ」


「ありがとうございます、猫神様」


 お姉ちゃんぶってる茜ちゃんがとても可愛い。


 なんやかんやありつつも、明日香さんの龍タクシーで試練型ダンジョンへ到着した。


 今日、マヨヒガが試練型ダンジョンに来ることは、東北局へは知らせてある。協会職員が出迎えのために集まっているのは想像できたんだけど、何かがありそうな雰囲気を感じてなのか、一般冒険者も多数集まっていた。


「龍だ!」


「人だ!」


「マヨヒガだ!」


 降り立った試練型ダンジョンは大騒ぎ。こんなことなら、着地するまで愛理ちゃんの〈水魔法〉で姿を隠しておけば良かった。


 大勢の冒険者に囲まれながら、ちゃんと順番を守ってダンジョンへ入り、ようやく一息つけた。帰りのことを考えると今から少し憂鬱になるが、とりあえず依頼をこなさないとね。


「ふう、ひどい目にあったのう」


「そうだね。帰りのときは職員に外の連中をどうにかしてもらうおうかね」


 ぜひそうしてもらってほしい。


「それじゃあ誰からいくっスか?」


「もちろん私からさ」


 もちろんなのか君枝ちゃん。相当楽しみにしていたんだろう、ウッキウキの良い笑顔。


「〈呪符〉を覚えたいって、ちゃんとお願いするにゃ」


「楽しみだねえ」


 移動した先の階層で、課題が表示された。


『呪符を100枚複写する』


 覚えのある課題だ。茜ちゃんのときは50枚だったけど、君枝ちゃんは自習をしていないので、それを考慮して100枚になったのかな。


 ダンジョンさんの粋な計らいというやつ。


「これは……、なんだい?」


「しっかり教えるから、頑張って複写するにゃ!」


 茜ちゃんが覚えた〈呪符〉だけど、私の〈呪符〉と明確に違う点がある。それが、呪符の現物を事前に用意しておかなければならない、というもの。


 あえて言うなら、私のは〈呪符(魔力)〉で、茜ちゃんのは〈呪符(物理)〉という感じ。


 また、便利に使える〈呪符(魔力)〉と違って、物理の方は空中で足場のように使えないし、ロープにすることもできない。スカートの中を隠すことにはギリギリ使える。


 というわけで、呪符を複写するというのは、〈呪符(物理)〉を使うのに非常に重要な作業となる。


「まさか書道をすることになるなんてね」


「あ、そこが間違ってるにゃ!」


「ぐっ、ややこしい形だねぇ……」


 今、君枝ちゃんが使っている筆と紙、そしてインクは、ダンジョンが用意したものだ。この紙とインクは特別製のもので、ただの紙とインクを使っても呪符にはならない。


「そうっス。魔石はスライムの極々小でも十分っス」


「なるほど。それならば、関東局ダンジョンで集められますね」


 特別製といっても〈調合1〉と魔石があれば作製できる。今回の依頼が、戦闘職と生産職の2人でちょうど良かった。茉莉さんは〈調合〉スキルを持っているので、紙とインクのレシピも覚えて帰ってもらおう。


「これでどうだい?」


「ここが間違ってるにゃ! あとここも、こっちもにゃ!」


「私は一体何をさせられているんだい……」


 君枝ちゃんの方は要練習だね。


「今度こそどうだい?」


「にゃ! 良い感じにゃ! これならクリア間違いなしにゃ!」


「ほっ、ようやっとかい」


 君枝ちゃんはお習字があまり得意ではないらしく、これは〈呪符〉の習得には少し時間がかかりそう。


 お願いで課題を調整できる回数には、初回の挑戦で判明していた1日にパーティーの人数まで、というものの他に、1週間で3セットまでという制限もある。つまり、5人パーティーで3セットなので、最大15回だ。


 また、このセット数は、1週間で1セットしか回復せず、総数は3セットだ。ちょっと複雑な仕様になっている。


 他にも細かい制限はあるが、同一パーティーで1週間にお願いできるのは最大15回、ということだけ覚えておけば良い。


「クリアにゃ!」


「猫神ちゃんのおかげだよ、ありがとう。でも〈呪符〉は習得できてないみたいだね」


「私も1回目はダメで、2回目で覚えたんだにゃ。君枝ちゃんも次があるにゃ!」


「そうだね。でもちょっと休憩したいね」


 関東局での顔合わせから移動、そしてダンジョンでの課題とやってきて、時刻はもうお昼。一旦お昼休憩にしよう。

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