第17話 ある協会職員の一日

 冒険者協会・関東局の朝は早い。


 他の局の例にもれず、関東全体を統括する関東局には、地域内の様々な問題が持ち込まれる。


 しかし、関東局は他の局に無い特徴がある。


 それが、『マヨヒガ』と『生産課』だ。


『マヨヒガ』については説明不要だろう。突如現れた獣人の集団で、人類――特に冒険者に様々な恩恵を与えていて、『生産課』の設立の契機となった生産スキルについても『マヨヒガ』が関わっている。


『マヨヒガ』の活動範囲が関東局エリアに限っているため、対応するのも関東局の仕事だ。


 2つ目の『生産課』であるが、日本、いや、世界の冒険者協会の中でも関東局だけに存在する課である。最近発見された生産スキルを利用した様々な生産活動を統括する課で、設立されてから日が浅く、まだ小規模な組織であるが、その影響範囲は大きい。


 したがって、その職員1人あたりにかかる負荷も大きい。


 たまたまその時に〈ステータス〉未所持であり、たまたま都合がついた大原衛(おおはら まもる)は、何故か〈関東局ダンジョン〉で中世のような薬作りをやらされ、〈調合〉スキルを得て、今は『生産課』に配属されている。


「大原、調子はどうだ?」


「順調ですね。予定通り午前中でHP回復ポーションは規定数を用意できます。午後からは例のアレの検証です」


 上司に問われた大原は、作業の進捗を報告した。その上司も、管理業務の傍ら、調合の実務にも関わっており、あまり上司や部下といった垣根は感じさせない。これも、まだ組織が小さく、生産スキルを持っている人が少ない故だ。


「例のアレか。山根課長が余計なことを言ったせいでな……」


「聞いた話だと、山根課長もマヨヒガから言われたらしいですよ」


「それを正直に報告しちゃうのが山根課長の良い所でもあり、悪い所でもあるな」


「それは……、そうですね」


 例のアレ。現在、生産課の、特に男性職員の中で口にするのをタブー視されているアレとは。


「ああ、大原さん、ここに居ましたか」


 大原を探しに来たのは、同じ課に所属している女性職員だった。


「どうしたんです?」


「少し手が空いたからHP回復ポーションを追加で作ったのよ。だから午前中のポーション作製はもう良いって伝えに来たの」


「あ、そうなんですね。ということは……」


「ええ。代わりにこっちを手伝ってもらうわ。生産スキルで作製する『化粧水』の開発をね。よろしいですよね?」


「はい」


 大原の上司にかけられた言葉は、許可を求めるものではなく、有無を言わせぬ強制だった。部屋から連れられて行く大原を見送る上司の心の中には、ドナドナという言葉が浮かんだ。



〈ダンジョン〉と同時に発見されたものの中に、魔力というものがある。〈ステータス〉を得ていればなんとなく、〈魔力感知〉スキルを持っていれば明確に感じられる魔力という存在を疑う人は、今はもう少数派だ。


 しかし、魔力がどんなものなのかについては、ほとんど分かっていない。


 曰く、人の体に蓄えられ、総量には個体差がある。MPと本質的には同じものである。身体機能を高める。などなど。


 魔力を検知するには人に頼るしかない現状では、科学的な調査など行えるはずもなく、あるのは定性的な観察結果だけ。


 そんな中、新たな情報がもたらされた。


 情報源はマヨヒガ――正確には正式なメンバーではないらしいが――のミズチだ。彼女は、あまり姿を見せないマヨヒガメンバーとは異なり、かなりの頻度で関東局へ訪れている。目的はダンジョンの情報。たいていは朝一で来て、すぐに去っていくが、雑談に興じることもある。


 おそらく、彼女からしたらたいした情報ではないのだろう。山根課長との会話の最中にポロっとこぼしたのが、魔力には老化を抑える効果があるというもの。


 伝えられた山根課長は、「確かに長谷川局長は実年齢の割にとても若く見える」と返し、それにミズチは「長谷川ちゃんみたいな強者じゃなくても、魔力を含んだ化粧水があればお肌は若返るかもしれないわね」と応じた。


 そして、マヨヒガからの情報ということで、魔力の若返り効果が報告された。


「いい。1分1秒が重要なの。私たちのような戦えない者にも希望はある。そして、生産こそが私たちの戦場よ。この戦場を生き抜き、玉のように美しい肌を取り戻すの」


「「「はい!」」」


 集められたのは、スキルがレベル4を超えた、生産課の中でもトップ層の〈調合〉持ちたち。女性職員の中には、すでにレベル5に至った者もいる。一般的にスキルレベル5とは一流を意味する。ちなみに大原のスキルレベルも5だ。


 連行された大原は部屋の隅で息を殺していた。この部屋唯一の男性職員として、大原に抗うすべはない。ただじっと耐えるしかない。


「今日も大原君に来てもらったわ。皆も彼に負けないように頑張ってちょうだい。それじゃあ作業開始」


「「「はい!」」」


 今日も残業は避けられそうにないな、と大原は思った。


 冒険者協会・関東局の朝は早い。そして、大原の夜は遅い。ただし残業代はきちんと支払われる。


『化粧水』の開発に成功したのは、それからちょうど1週間後。後世では、大原衛という名はすべての女性の救世主として語り継がれている……、とかなんとか。

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