第15話 包丁なら危険で

「私もお姫様抱っこで縮地してみたいです!」


 という愛理ちゃんの要望を受けて、皆を抱きかかえての縮地体験を行った。もちろん明日香さんも。


 一緒に縮地で移動できるのは、私の他には1人だけで、愛理ちゃんをお姫様だっこして、彩華ちゃんをおんぶしての移動はできなかった。


「急に視界が変わるので、酔いそうです!」


「テレポートではなく、あくまで移動なのね。不思議な感覚だわ」


「興味深いですね」


 いろいろとやっている間に結構時間が経っていたので、縮地体験は一度切り上げて、明日香さんの課題をやってしまうことにした。


「明日香さんはどんな課題をお願いするんですか?」


「そうね。〈料理〉スキルなんてどうかしら。前にあるかもって言ってたでしょ」


 冒険者協会が生産系スキルの存在を明かした発表の際、記者の質問に答える形で彩華ちゃんが存在を予見したやつだ。


 あれから今まで、冒険者協会は既知の生産系スキルの取得講習や、ついこの間発生した『ダンジョンコラプス』などで忙しく、〈料理〉スキルの検証までは手が回っていない。


 同じく愛理ちゃんが予見したスキルである〈付与〉は、〈ダンジョンコア〉の違法回収対策でマヨヒガがテコ入れしたが、それは例外みたいなもの。


 あるかどうか分からないスキルの検証よりも、既知のスキルに比重が大きくなるのは仕方がない。


「そういうわけで、〈料理〉スキルがあるのかの検証も兼ねて、お願いしてみようと思うの。食いしん坊だからじゃないのよ?」


 明日香さんの最後の発言で、全て台無しになった。


「美味しいご飯は大事にゃ!」


「そうよね」


 理由はどうあれ、お願いの内容は分かった。それにもしかしたら、〈料理〉スキルで作った料理には、美味しい以外にもバフの効果があるかもしれない。


 明日香さんの先導で次の階層へ移動した。


『用意された食材で5品以上の料理を作製し、納品する。(余った食材は自由に使用可)』


 移動した先の階層は、広い調理スペースと大きな箱が5台並んだキッチンだった。箱の中には肉や野菜が分けて入っていて、これを使って料理をしてねということだろう。


「ずいぶん都合の良い課題になったわね」


「ちょうどお昼ですから、ここでご飯にしましょう! 食材もある程度自由に使えるようですし!」


「まずは食材の確認からです。ボクの〈物品鑑定〉でも、安全なものなのかどうかぐらいは分かりますから」


「明日香さんの料理にゃ? 楽しみにゃ!」


 例えば、牛っぽいモンスターを倒したからと言って、牛肉はドロップしないように、ダンジョンから明確な食材――睾丸や草は別にして――がドロップしたという話は聞いたことがない。


 安全を確認するためにも、〈鑑定〉はしておくべきだろう。


「私も〈鑑定〉してみますね!」


 愛理ちゃんと彩華ちゃんが鑑定して、その結果をまとめた。


「基本的には普通のお肉や野菜なのね」


 用意されていたものは、ダンジョン外、つまり地球で一般的に手に入る食材であった。ただし、『基本的には』と明日香さんが言ったように、おかしな点もある。


「こっちは敏捷がアップするお肉ですね。こっちのスパイスは力強さがアップします」


「ボクの〈物品鑑定1〉でも、『力がみなぎる』などの効果を暗示する表現があります」


 それは、食材が持つバフ効果だ。


 愛理ちゃんの〈鑑定〉にははっきりと効果が表示されていて、バフ効果を持つ食材を食べれば、バフが受けられるかもしれない。


「ただ料理するだけでいいのかしら。それとも、専用のスキルがないと、バフ効果が消えてしまうのかしら。あとはどれだけ食べれば効果があるのかや、重複するのかも気になるわね」


「いっぱい食べて試すにゃ!」


「まずは簡単な料理から、そうね、豚の生姜焼きにしましょう」


 生姜焼きなら調味液を作って焼くだけの簡単料理だ。あとは付け合わせのキャベツを刻んで完成なんだけど……。


「にゃあ! 明日香さん、包丁を使うときは猫の手にゃ! にゃっ! そんなに力を入れなくても良いにゃ!」


「あら? 指に当たって包丁が欠けてしまったわ」


 包丁を持った途端、明日香さんがポンコツになってしまった。まさかこんな弱点があったなんて。怪我をしなかったのはいいけど、明日香さんに包丁を持たせるのは危険だ。


「危ないから明日香さんは包丁禁止にゃ!」


「しょうがないわね。〈龍爪〉で切るわ」


〈龍爪〉の扱いは、包丁のそれとは雲泥の差で、きっちり1ミリ幅でキャベツの千切りが完成した。


「まずは1品ね」


「鑑定してみますね! わ、食材と同じでバフの効果がありますよ!」


「料理になると複雑すぎるのかボクでは分かりません。スキルレベルを上げないといけませんね」


「食べてみるにゃ!」


「はい、白いご飯を出しますね!」


 実食の準備が完了した。少しお行儀が悪いけど、調理スペースに立ったままで。そんなに量がないので、1人が食べる分は半人前くらい。


「いただきますにゃ!」


「いただきます!」


「いただきます」


「ん、いただきます」


「召し上がれ」


 うん、美味しい。豚の脂と砂糖で甘辛い味付けに、しょうがが爽やかさを足している。定番のおいしさ。


「うーん。半人前の量だったからか、バフはかかってませんね」


 しかし、バフはつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る