第13話 ロマンなら縮地で

〈疾駆〉スキルは、使用すると一瞬でトップスピードになれる移動用のスキルで、冒険者になってすぐの頃は戦闘に良く使っていた。あと〈狼ダンジョン〉で森の中を駆けるときも。


 最近は、パーティーメンバーが増えたこともあって、〈疾駆〉を使うまでもなく敵を倒せるので、ほとんど使っていない。このスキルに、もう一度目を向けたい。


「〈疾駆〉って一瞬で移動できるでしょ」


「そうにゃ。でも使い方が難しいにゃぁ」


 世間では、使い勝手の悪さから、あまり評価されていない。単純に移動する際に使用するにしても、前方へまっすぐしか移動できず、下手に向きを変えようとすると、あらぬ方向へ吹っ飛んで行ったりする。空中での使用なんてもってのほかだ。


「そんなに難しくないと思うんだけど」


 私の評価は真逆で、こんなに使い勝手の良いスキルはなかなか無いと思っている。地上の移動にはもちろん、空中を移動することもできるし、慣性を無理やり変えることもできる。


「それは明さんだけですよ!」


「そうかな?」


 そんなことないと思うんだけどな。まあそこはいいや。


「〈疾駆〉を上げる理由だけど、一瞬で移動できる〈疾駆〉を極めたら、『縮地』ができないかなって思って」


 縮地。それはロマン。少なくとも私はそう思う。気付いたら後ろにいた!?とか、一瞬目を離した隙にいなくなってる!?とか、いろいろ悪さ――もとい、ミステリアスができる。


「縮地にゃ!」


 茜ちゃんの声には、隠しきれない喜びがあった。このロマンがわかるかい、茜ちゃん。


「縮地ですか?」


 一方愛理ちゃんはピンと来ていない様子。これは縮地の良さをしっかり布教しないと。そのためには、課題をクリアして〈縮地〉スキルを取得するしかない。


「まだ縮地のスキルがあるかも分からないのに、盛り上がってるわね」


「明さんが言うなら、きっと縮地スキルはありますよ。ボクはそう思います」


「ふふっ、そうね」


 少し離れた位置で明日香さんと彩華ちゃんが何か話している。ふふん。冷静でいられるのも今の内だよ。縮地のロマン性能の高さを見ても、その態度のままでいられるかな?


「縮地を取るぞー」


「にゃー!」


「おー!」


 課題のお願いは、縮地スキルの取得。いざ。


『スタートボタンを押した後、30秒以内にゴールボタンを押す。0.5秒以上足が地面に接地しない場合はリスタート。(跳躍、身体強化、軽業、疾駆以外のスキル使用不可)』


 お願い通りのそれっぽい課題だ。


 リスタートが可能で何度でも挑戦できて簡単そうに見えるが、繰り返せば繰り返すほど体力は少なくなり、クリアするのは難しくなるだろう。


 決めるなら一度でだ。まずはコースをしっかりと把握しよう。


 フィールドは、入り組んだ迷路のような作りになっていて、天井は無いので壁を越えることはできる。ただし、0.5秒の制限があるので、現実的じゃない。


 また、急な曲がり角で壁を蹴って移動しようにも、所々がツタの壁になっていて、知らずに飛び込めば絡めとられること必至。意外といじわるな仕掛けになっている。


「普通に走るとしたら、えっと……、500メートルくらいですか?」


「直線だったら楽勝にゃ!」


 100メートルを5秒で走るくらいはできるので、500メートルなら25秒くらいでいける。あとは、曲がりくねった迷路で遅くなる分を、5秒以内に抑えることができればクリアだ。


「正解ルートを覚えよう」


「右、左、右、右、左、右、左、前、前……」


「分岐が多いにゃぁ」


「覚えるだけでも大変ですよ!」


 こういうのは、頭で覚えるより、体で覚える方が良い。右、左、右。体をゆすって体で覚えるんだ。


「ダンスしているみたいで可愛いわね」


「ドローンで録画しておきましょう」


「いいわね。あとで見直しましょう」


 左、右、左、でゴールと。ふんふん、だいぶ覚えられた。後は迷路を歩いてイメージトレーニングして、それから本番だ。


「準備はできましたか?」


「うん。道順は覚えたし、イメージもばっちり」


「一発で決めるにゃ!」


 成功への道筋はすでに見えている。はい、よーい、スタート!


「あ、始めたみたいね」


「最初は〈疾駆〉で加速しましたね。立ち上がりを強引に飛ばせるのは強いです」


「曲がり角は基本的に壁走りするつもりかしら。でも地上に足をつけないといけないから、できても1歩分だけね」


「わ。壁蹴りの合間に1歩だけ地面を蹴りましたよ」


「どうしてあれでバランスが崩れないのかしら。〈軽業〉スキルだけじゃ説明がつかないわ」


「そこは明さんですから」


 まずは順調な滑り出しを決められた。壁蹴りもやりようによっては十分使える。ツタの壁のときは、〈疾駆〉で慣性を抑えて急カーブすれば良い。


「今は半分くらいかしら」


「15秒経ちました。余裕はありませんね」


「あら? そっちは行き止まりよ?」


「もしかして道を間違えたんでしょうか」


 ここがこの課題の大一番。速度を緩めず、壁に向かって弧を描くように近付き、一息に踏み切った。


「跳んだわ」


「跳びましたね」


 体をひねり、背中を壁に向ける。飛び上がる高さは最低限で良い。頭、肩、背中までが壁の頂点を通過した時点で、脚を振り上げ、ついで〈疾駆〉を発動。下向きに加速しつつ、足から地面に着地した。


「跳び越えたわ」


「跳び越えましたね」


 良し! これで課題は成功したも同然だ。前、前、右、左、右、右、左でゴール!

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