冒険者協会日本支部 ダンジョン研究所 第2研究室

『冒険者協会日本支部 ダンジョン研究所 第2研究室』


 ここは、主流から外れた、いわゆる変人が集まる研究室。生産系スキルの発表時に、関東局へ乗り込んだ研究員たちが所属している、と言えば分かりやすいだろうか。


 日夜(頭の)おかしな研究が行われ、最近の興味はもっぱら『マヨヒガ』と彼女たち周辺へと向けられている。


「仮称『ダンジョンコラプス』を終えて、新たに判明した『マヨヒガ』についての情報をまとめたいと思います。よろしくお願いします」


 議長役の研究員の宣言に、会議室に集まった他12名の研究者は無言で挨拶を交わした。計13名の研究員による定例会議だ。


「まずは肉体面から、赤石君お願いします」


「はい。以前から待望されていた飲食に関する情報が得られました」


 赤石が指し示すスクリーンには、『ダンジョンコラプス』後に関東局で飲み食いする『マヨヒガ』の画像が映し出されている。


「こちらが、各人の口にした食材一覧です。これを見ると、一部の食肉目において禁忌となる食材でも、問題なく口にしていることが分かります」


 例えば、犬や猫に玉ねぎを食べさせてはいけないが、『マヨヒガ』のメンバーは何のためらいもなく口にしている。


「これは本人たちから証言のあった、元は人間だということの裏付けにもなります」


 狐が人間の恰好をしているのか、人間が狐耳を生やしているのか。どちらが主かということにもつながり、肉体の構成への仮説を提供する。


「隠しておいたX線撮影装置はどうなった?」


「それに関しては、キムンカムイちゃん様から抗議のメールが来ております」


「だめかぁ」


「私は元々反対でした」


 がっかりする議長を赤石研究員はジト目で見つめた。出入口にこっそりX線撮影装置を紛れ込ませていたのだが、キムンカムイによって指摘され、抗議までされてしまった。


「それでは抜け毛の収集は?」


「それについても抗議が来ていますし、長谷川局長からも『キモすぎ、却下』とのお達しです」


「くそぅ! キモくたっていいじゃないか!」


 そこまで開き直ることはできない、と他の研究員は思ったが、外部から見れば五十歩百歩で大差はなかった。


「ちぇっ……。次は魔法スキルについて、和泉君」


「はい。『ダンジョンコラプス』で使用された魔法スキルについて、いくつかのものは『マヨヒガ』の皆さんから冒険者の皆さんへ直接説明がありました」


「ほう!」


 これには他の研究員も驚きの声をあげた。


『マヨヒガ』が使用する魔法スキルは、冒険者のものと比べて、威力や規模がけた違いに大きい。その理由が明かされるかもしれない。


「まず猫神ちゃん様が使用した、雷を落とすスキル『招雷(しょうらい)』の説明です。『全身をうにゃにゃってしたら、うにゃーと開放するにゃ!』とのことです」


「? はっ、なるほど暗号か!」


「いえ。真神様によると、猫神ちゃん様は感覚派のため、教えるのに不適当とのことです」


「え? じゃあどうして今発表したの?」


「可愛いじゃないですか」


「?」


「可愛いですよね?」


「それは、まあ、はい」


「猫神ちゃん様が可愛いので共有しました」


「あっ、はい」


 和泉研究員は、猫神推しであった。


「こほん。真神様より説明がありまして、根本的に呪文に頼りすぎているのが良くないとのことです。魔力制御を磨いて魔法スキルに習熟すれば、もっと上を目指せるそうです」


「それは、最近調査が進んでいる魔法の形状変更にもつながるわけですね」


「はい。猫神ちゃん様が操る雷猫(らいびょう)や真神様のリューちゃんもそうした技術の先にあると」


「うーん、どれほどの研鑽を積めばあの域に至れるのか……」


 目標はあれど、その道は険しい。どれほどの距離、どれほどの時間がかかるのか、見当もつかない頂だ。


「ちなみに私はサンダーボールの形状を猫型にすることに成功しました。報告は以上です」


「え!?」


 和泉研究員は〈属性魔法【雷】〉のスキルを持っていた。そこも猫神との縁のように感じられて、より一層猫神が最推しになった。そしてその執念が、サンダーボールの形状を猫型にすることを成功させたのだ。


「それでは次は私から、『アーティファクト』についての報告です」


 報告を始めたのは〈マジックアイテム〉を研究している富田研究員。


 報告内容の『アーティファクト』とは、キムンカムイの武器に端を発する分類で、既存の〈マジックアイテム〉とは効果がかけ離れているものを指す。


「新たなアーティファクトとして、白熊型騎乗ゴーレム『ベアトリクス』、『もふもふクッション(丸形)』、『安眠枕』を登録しました。ちなみにこちらの『安眠枕』は私物です」


「なに? どうやって手に入れたんだ! 私だって欲しかったのに!」


「キムンカムイちゃん様に直接作っていただきました」


「なんだって!?」


 キムンカムイが〈錬金術〉で装備――実際は枕――に付与したというのは周知の事実だった。しかしそれは、一緒に『ダンジョンコラプス』を乗り切った冒険者へのご褒美のようなものだ。


 譲渡や売買で手に入れようと思っても、それを行う冒険者など1人もいないだろう。


「『たまたま』冒険者の服装をしていた私は、『たまたま』あの会場に居合わせ、『たまたま』キムンカムイちゃん様にお願いできる機会があったのです」


「それ絶対たまたまじゃないでしょ!」


「キムンカムイちゃん様からは、『それだけ欲しがっているなら、1つくらい良いですよ』と快く付与していただけました」


 執念の勝利である。キムンカムイにしても、武器や防具でもないただの枕1つであるので、それほどためらうものでもなかった。研究員の情熱にドン引きしつつも付与を施した。


「私の検証によると、毎日快眠です」


「くっ……、うらやましい!」


「その内、山根課長の〈付与〉で同じような物が作れるらしいので、皆さんはそれをお待ちください。効果がどれほど違うのか比較検証もできますね」


 その他の、現物が無いアーティファクトについては、観察事実を列挙するにとどまった。〈付与〉スキルが実証された今でも、どのようにしてあれらを作っているのか見当もつかない。


 魔法スキルと同様に、『マヨヒガ』の異常性を表す材料となっている。


「よし。それでは次、〈呪符〉について、都城君」


「はい! 玉藻の前様の〈呪符〉によるパンチラ防止について報告させていただきます!」


 会議は続く――

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