冒険者の敵

「はぁ、はぁ、はぁ、ああ、くそっ!」


 男は必死に走っていた。もういくつ隠れ家を潰されたのかも分からない。


 最初は1日ほど隠れ家で休む余裕があった。それが、半日、数時間と短くなっていき、今では隠れ家から隠れ家へと移動する間しか安全なときがない。これでは隠れ家の意味がない。


「どこかから情報が洩れている……」


 考えながらも移動し続ける。


「国を出るしかない」


 結論はずいぶん前から変わらない。この国から出るしかない。しかし、島国という特性上それも難しい。


 バックアップが万全であったころなら、簡単であったが、そのための隠れ家が潰されているのだから、取れる手は限られている。さらに人員まで減っている。


「あいつらから情報が洩れるわけがない。そもそも知らないんだからな……」


 情報統制はそこらの組織よりもよほどしっかりと行われている。信仰というのは、それはそれは強固な枷となる。


「はぁ、はぁ、くそ、休まないとまずい」


 もう3日はまともに眠れておらず、ふらつく体を叱咤しても膝に力が入らない。住宅の塀の内側に入り込み、しゃがみこんだ。高い塀は、善良な人を防ぐには効果があるが、悪人を防ぐには意味がない。むしろ良い目隠しになる。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 息を整え、さあ立ち上がるぞと決意したその時。


「不法侵入ですよ」


 縦に割れた瞳孔と星をたたえた虹彩が、男の目にした最後の光景だった。


「ヤったんですか?」


「ヤってませんから。少し威圧して気絶させただけです。あとはいつも通りおまかせしますね、理恵さん」


「はい。まかせてください」


『ダンジョンコラプス』の際に確保した4人の情報源によって、関東局エリアの『ダンジョン審判教』は概ね排除された。


 行方が分からなくなっていた、もう1つの〈ダンジョンコア〉は、情報が正しければフェニックスを召喚する際に、『外法』の〈マジックアイテム〉を起動するために使用された。つまりあのフェニックスは、起動に1つ、維持に1つ、計2つのコアを使った贅沢なモンスターというわけだ。


 関東局エリア以外に潜む『ダンジョン審判教』についても、『マヨヒガ』のミズチの協力もあり、遠からず排除できるだろう。



    ◇    ◇    ◇


 仮称『ダンジョンコラプス』の発生からおよそ1か月。11月の始めに日本政府から改めて事件の概要が説明された。


 そして、『ダンジョン審判教』が日本でも国際テロ組織に認定された。今まではその過激派のみを対象としていたものを、ダンジョン審判教全体にまで拡大した形だ。


 これには、『ダンジョンコラプス』の際のダンジョン審判教の関与が明確になったことが1つの要因になっている。組織だった犯行で、過激派だけに収まらず、組織全体の責任が問われた。


 その上で政府は、冒険者協会と連携の上、『ダンジョン審判教』の取り締まりを実施。反発はあったものの、じゃあ『ダンジョンブレイク』しても助けませんと言われれば、反論した者は口をつぐむしかなかった。


 ちなみに反発した個人、組織はもれなく監視リストに載ったのは言うまでもない。


 また、政府は、『ダンジョン審判教』への先制攻撃を事実上認める考えを示した。この扱いは、国防ですら自衛を旨とする政府にあって異質で、ダンジョン審判教以外では〈モンスター〉にしか適用されていない。


 つまるところ、日本政府にとって『ダンジョン審判教』とは、人類に敵対する〈モンスター〉と同列であるということだ。


 この考えに世界冒険者協会は賛同し、ほぼ同じ内容が協会から宣言された。


 12月1日。この日より、『ダンジョン審判教』は冒険者の敵となった。



――――――――――――――――――――

【あとがき】

これにて第5章終了です。お読みいただきありがとうございました。

第6章開始まで、しばらくお時間をいただきたいと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る