第22話 勇者なら猫で

「妙ですね」


 始めに異変に気が付いたのは彩華ちゃんだった。


『ダンジョンコラプス』による魔物の出現がスタンピードと同様であるなら、最初は弱いモンスターが現れて、後に強いモンスターが現れるはずである。


 実際、出現するモンスターは、どのダンジョンでもそのような傾向があった。したがって、モンスターを処理する速度は、冒険者の疲労も考えれば、段々と落ちていくと予想できる。


 しかし実際は、『ダンジョンコラプス』が発生して7~8分あたりから徐々に処理速度が上がり、対応する冒険者にもずいぶん余裕がある。モンスターの数も少なくなっている様に感じられる。


「やはり減少しています」


 映像を解析し、モンスターの出現数を計算すると、開始5分とくらべて減少していることが確認できた。


「他の場所も同様ですね。逆に玉藻さんの場所は増加しています」


 周囲4つのダンジョンではモンスターが減少し、中央では増加している。これは何かの予兆なのかもしれないと彩華ちゃんは考えた。けれど、これが異常なのか正常なのか、判断はつかない。


 ひとまずこの情報を共有することにした。


『中央の一点突破って事っスか?』


『周りは囮にゃ?』


「明日香さんの〈龍眼〉で何か分かりませんか?」


『見ることはできると思うわ。だけど、ダンジョンが存在する理由を見たときみたいに、倒れちゃうかもしれないのよね』


〈龍眼〉はチートではあるが、決して万能ではない。『ダンジョンコラプス』への対応中に倒れたら、ちょっとどころじゃないくらいまずい。


『玉藻さんの方は大丈夫っスか?』


「今のところ問題はないのう。理恵ちゃんや君枝ちゃんも暇をしておる」


「まだ余裕があるなら、しばらくは様子見でしょうか」


『そうっスね。できるだけ注意して、何かあったら共有するっス!』


 行動を起こすにはまだ早い。何かが起こる心構えと情報共有の取り決めをして各自の持ち場に集中することになった。


 しかし事態はこちらの都合を無視して進んでいく。




「猫神様! 〈門〉の様子が変化しています!」


「にゃにゃ!?」


〈門〉の形状は、高さ3メートル、幅2メートルほどの枠に、ダンジョンへの入り口である門扉の部分は漆黒が広がっている。


 現在は門扉の部分にひび割れが開いていて、その周囲からモンスターが出現している。


 そのひび割れが、さらに大きくなり、ついには〈門〉の枠にまで届こうかとしている。


「にゃにが起きるにゃ!?」


「注意してください、猫神様!」


 ひび割れはついには枠に届き、何者にも傷つけることができなかった〈門〉が――、弾け飛んだ。


 そして、モンスターの大群が、いや、モンスターの津波が一気に押し寄せてきた。


「にゃ! 『参の型 招雷』!」


 すぐさま茜ちゃんの〈雷魔法〉が撃ち込まれた。幾筋もの雷がモンスターに直撃し、その周囲もまとめて炭化させていくが、モンスターの層は厚く、押し留めるにはまるで足りない。


 冒険者からも魔法が飛ぶが、こちらも全く意味がない。


「これじゃダメにゃ!」


 押し寄せるモンスターのうねりに冒険者が飲み込まれていく。


「うおお! 怯むなぁっ!!」


 側にいた副官がそれでもモンスターの波に立ち向かう。


「にゃあ! ダメにゃあ!」


 波に翻弄され、傷つき、それでも冒険者たちは諦めない。手に剣を持ち、振るい、敵を討つ。少しでもモンスターを倒し、この街を守る。


 けれど足りない。全く足りない。全滅という言葉が茜ちゃんの頭によぎった。


 気の良い冒険者たちだった。猫神様と声を掛けてもらった。ロールプレイだけど、なんだか自分が偉くなったような気もした。装備がかっこいいと褒めてもらった。さすが勇者猫神様だと。


「止めるにゃ! ああああ! 止めるにゃああああ!!」


 それは、空気も音も、モンスターも切り裂いて周囲へと広がっていった。剣から槍へ、槍から剣へ。モンスターの波に飲み込まれた冒険者たちの元へ、切り裂く勇気の光と共に。


 勇者の雷は、留まることを知らない。剣を振るうものがあれば共に割き、槍を突くものがあれば共に穿つ。冒険者から冒険者へ、諦めることなく戦う者へ、勇気の光と共に駆け巡る。


「にゃあああ!」


 茜ちゃんの斬撃は雷と共に飛ぶ。モンスターの波を切り裂き、道を作る。


「救護を優先するにゃ! うにゃああ!」


 茜ちゃんの盾は傷ついた者を守護する。モンスターの波を受け切り、仲間を守る。


 反響する勇者の雷は、さらに威力を増していく。


「ぶっ飛べにゃあああ!」


 気付けば〈門〉があった場所までモンスターを押し返し、雷をひとまとめに振り下ろす茜ちゃんの背中は。


「にゃあ!」


 たしかに勇者だった。

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