第20話 立ち上がりなら順調で

「うわぁ、すごい熱気っスね!」


 担当するダンジョンで愛里ちゃんが思わずつぶやいた。


 中継越しではあるが、君枝ちゃんの演説を聞いて、冒険者の熱気は一気に高まった。物理的に室温が上がりそうなほどだ。まあ愛里ちゃんは体温を維持する〈水魔法〉を常時貼り付けているので関係はないけど。


「真神様、冒険者の準備は完了っス!」


 愛里ちゃんに報告するのは、ここをまとめる副官のような人物だ。『マヨヒガ』の配信をこよなく愛し、真神様に一生ついて行くと誓っているのは本人だけの秘密なんだけど、口調から色々と溢れ出している。


「分かったっス。エンチャント用の水も用意しておくっス! 『水景・明鏡止水』!」


 技名の開発に余念がない愛里ちゃんの『水景・明鏡止水』は、エンチャントを毎回かけるのってめんどくさいな、という考えから生まれた。


 地面から少し上の所に水の膜のようなものが発生し、これに武器が触れることでエンチャントの効果が得られる。


 ここのダンジョンではゴースト系モンスターが出現するので、これで物理攻撃しかできない冒険者でも容易にゴースト系モンスターを倒すことができる。


「さすが真神様っス!」


「あとはダンジョンブレイクを待つだけっスね」


 高まった熱気はそのままに、待機することしばらく、〈門〉の門扉にあたる真っ黒な部分にひびが入り、それが次第に大きくなっていく。


『ダンジョンブレイク』が発生する際と同じような現象だ。


「開くぞー! 〈門〉が開くぞー! 総員迎撃準備ー!」


「「「おうっ!」」」


 あるところまでひびが大きくなると、そこからは一気にひびが広がり、ついに〈門〉が開いた。


「モンスターだ!」


「真神様!」


「任せるっス! 『水景・大水獄【滅】(だいすいごく【めつ】)』!」


 車を停止させるときに使用した『水景・大水獄』の発展バージョン、『水景・大水獄【滅】』だ。


 現れたゴースト系モンスターを捕らえた水の牢獄の中には、モンスターを切り刻む断ち水(たちみず)がいくつも飛び交っている。水流によって抵抗もできないモンスターは、渦潮に巻き込まれた木造船のように細切れになり、ドロップアイテムを残し消失していく。


 しかし、モンスターの数が数だ。後から後からモンスターが沸き出し、押しやられたモンスターが偶然にも『大水獄』から抜け出すこともある。


 そんなときは冒険者の出番だ。


「おらぁっ!」


「せいやっ!」


「どりゃっ!」


 愛里ちゃんのエンチャントを受けた武器で、抜け出したモンスターを倒していく。『覚醒』前のモンスターはダンジョン内と同じく消えていくため、戦うスペースは十分ある。立ち上がりは順調といったところだ。




 一方こちらは明日香さんの担当するダンジョン。愛里ちゃんのところと同じようにゴースト系モンスターが出現する。


 現れたモンスターは、10本の〈龍爪〉によって瞬く間に切り裂かれていく。しかし、やはりこちらもモンスターの数が多い。〈龍爪〉1本で何体ものモンスターが倒せるとはいえ、抜け出てくるモンスターは少なくない。


 だが、そのモンスターたちは周囲の冒険者によって難なく狩られていく。


「すげぇ、ゴーストがこんなに簡単にやれるなんて!」


「エンチャントいらずでMPも温存できるな!」


 キーになったのは〈龍眼〉だ。『真実』を見通す〈龍眼〉によって、ゴースト系モンスターに一種のデバフがかかっていた。それは、モンスターが実体を持つというもの。


 正体を見極められ、実体を持ったゴースト系モンスターであれば、物理攻撃でも容易に倒すことができる。


「まだまだ来ますよ。皆さん、頑張りましょう!」


「「「おうっ!」」」


 こちらもまた順調にゴースト系モンスターを倒し始めている。




 ところ変わって彩華ちゃんの担当するダンジョンでは、虫系モンスターが押し寄せていた。様々なタイプのモンスターに対するは、トラップ部屋、あるいは、タワーディフェンスとも言うべき処理場。


 飛んでいる虫を叩き落とし、通りかかった虫を焼き、動きの遅い虫を凍らせる。そして弱った所を冒険者が刈り取る。たまに、彩華ちゃんが直接〈回転式魔力クロスボウ〉の矢(ビーム)を「シュート!」することで処理速度を稼げば、安全に冒険者たちは交代できる。


「1班は下がって、2班前進です」


「了解!」


「3班は〈マジックアイテム〉に魔石の補充です」


「はい!」


 的確な彩華ちゃんの指示によって、虫系モンスターはどんどんと狩られていく。使用した魔石をその場で補充できるものだから、トラップ、もとい、〈マジックアイテム〉の火力も落ちない。


 圧倒的な手数によって、ダンジョンブレイクを抑え込んでいた。




「にゃ!」


「はい!」


「にゃあ!」


「了解!」


「にゃにゃ!」


「すぐに!」


〈雷魔法〉によって痺れて動けなくなった人型モンスターは、後から湧いて出たモンスターに踏みつけられ勝手に消失していく。たまに生き残るモンスターもいるが、積み重なる数が1匹、2匹と増えていくと、そのうち耐えられなくなり、結局は消失する。


 あとは邪魔なドロップアイテムを回収しつつ、この自滅のリズムが崩れないようにすれば良い。


「にゃ! にゃにかに似てると思ったら、餅つきに似てるにゃ! お餅が食べたいにゃ!」

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