第14話 招かれるのは突然で
頑張るぞと気合を入れてみたものの、特に成果はない。
新たなダンジョンへ移動して張り込みを続ける日々は、全くの徒労でストレスもたまるものだ。
そのストレスは、新しく開拓した〈人形ダンジョン〉を走り回ることで解消している。
そんなことをしていると、私たちの〈罠発見〉スキルは、レベル3にまで上がっていた。
今日で狐尻尾が出没し始めてから20日だ。7月も終わりが近い。
「もう見つかる気がしませんよ……」
私も同感だ。おそらく組織的な犯行――犯罪ではないけど――なんだろう。もしかすると、冒険者協会とも何らかの関係があるかもしれない。最近はそうも疑っている。
「今日のお昼はなんですか?」
「冷麺だよ」
「やった! 冷麺にはからしマヨネーズも付けてくださいね!」
「はいはい。キュウリの細切りはお願いね」
「まかせてください!」
愛里ちゃんは細切りをマスターしている。冷麺の他の具材は、蒸し鶏とゆで卵とトマト。切るのは全部愛里ちゃんにおまかせだ。
『こんにちはー、郵便局でーす!』
最後の仕上げにマヨネーズをちゅるっと絞っていたところに、インターホンから訪問を告げる声が聞こえてきた。
「あっ、私が出ますね」
「うん。料理は運んでおくから」
「お願いします。はーい、今出まーす!」
届けられたのは一通の封書。花のデザインの封蝋が施され、見るからに高級そうな紙が使われている。
「宛先は、私と明さんになってますね」
「おかしいね」
この家は、愛里ちゃんの家だ。宛名に愛里ちゃんの名前があるのは分かるが、私の名前があるのはどう考えてもおかしい。
「不気味ですよ。これって何なんでしょうか?」
「そうだね。とりあえず……、お昼ご飯を食べよう」
「あっ! そうですね」
まずは腹ごしらえだ。冷麺と言えど麺は麺。おいしいうちに食べないとね。
食後、改めてリビングで封書を確認する。
「開けますね」
愛里ちゃんはそう言って、細く鋭い〈水魔法〉で封蝋を鋭く切り離した。小声で「断ち水(たちみず)」って呟いてた。こんな時でも新技の命名に余念がない。
「ええっと。『拝啓、日増しに尻尾が暑くなり熱を蓄えふわふわに――』って、ええー!?」
「えっ!?」
一緒に手紙をのぞき込んでいた私も思わず驚きの声を上げてしまった。尻尾が暑くってどんな書き出しなの。
「尻尾って書いてますよ!?」
「お、落ち着いて。続きを読もう」
「は、はい」
尻尾を絡めた時候の挨拶の後、本文を要約するとこうだ。
「つまり、私たちに会いたいってことですね」
「うん。そうみたい。差出人は」
「ネクター株式会社の竹内彩華(たけうち あやか)って書いてあります」
「知ってる人?」
「知らない人です」
私も聞いたことがない名前だ。会社名が書いてあるってことは、社として会いたいってことかな。
「このネクター株式会社ってところは、冒険者向けにポーションや〈マジックアイテム〉の販売をしているみたいです」
ポーションというのは、HPやMPを回復するための水薬のことだ。スタンピードのときに冒険者協会から提供があったあれ。
主にダンジョン内の宝箱から手に入り、どこかが製造しているという話は聞いたことがない。
「そんな会社の人が私たちに何の用だろう?」
「もしかしてストーカーとか!?」
私を待ち伏せしたことのある愛里ちゃんの発想はちょっと物騒だ。だけど、その線はあると思う。そうじゃないと、私がここにいるってことを知れるはずがないからね。
「理恵さんに相談します?」
「難しいところだね」
理恵さんに相談したい気持ちはある。でも、手紙の節々から獣人の匂わせがプンプンするのだ。時候の挨拶もそう、本文もそう、さらに手紙の隅っこに肉球のスタンプまである。
何らかの情報を持っていることは確実だろう。そうすると安易に理恵さんに頼るのもためらってしまう。
「バレてるんでしょうか?」
こちらを伺う愛里ちゃんは不安げだ。
「大丈夫。もしバレてても、それを証明する方法がないよ。だから安心して」
愛里ちゃんの〈鑑定〉は別にして、私たちが本当に獣人なのかどうかを確認する方法は無い。〈ステータス〉は自己申告であるし、耳と尻尾は消せるのでアクセサリーとでも言っておけばいい。
「それに、私たちはスタンピードを止めた『マヨヒガ』だよ? 人気者に変なことはできないよ」
今は偽物が出てきてちょっとおかしなことになっているけど、私たちの人気は結構なものだ。日本だけでなく、世界中で話題になっている。
そこで私たちに変なちょっかいをかけてみなさい。全力で嫌がってあげる。ダンチューブで配信もするし、インタビューも受けてあげる。全ての力を使って、相手を大炎上させてやる。
「だから大丈夫」
「明さん、私よりもよっぽど過激ですよ……」
そんなことはない。
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