第1話 夏になったら尻尾暑い

【まえがき】

3章開始です。よろしくお願いします。

――――――――――――――――――――


 関東04〈亡霊ダンジョン〉において発生したスタンピードから2週間がたった。


 始めの1週間は、全国のダンジョンに調査の手が入り、冒険者たちの立ち入りも少し制限があった。関東局エリアでは特に入念な調査が行われ、影響のあった人も多い。私たちもそうだ。


 次の1週間は、監視は継続しつつも冒険者は平常通りダンジョンへ入り、ようやくいつもの空気が戻ってきた。


 私たちもダンジョンへ入り、モンスターを倒していたんだけど――。


「あつぅい……」


 季節はもう夏。ダンジョンの中は気温が一定で過ごしやすいが、一歩外を出れば太陽が容赦なく照り付けてくる。


 当然室内も暑くなるわけで、朝食後にリビングで二度寝していたら、窓から入ってきた日光ですごく暑い。


「耳と尻尾を出してたから、余計に暑いかも」


 頭の上に生えた狐耳と、腰から伸びる狐尻尾は日光をぐんぐん吸ってほかほかだ。寒い時期はいいかもしれないが、夏にこれはつらい。


「エアコン、エアコン。ふぃー」


 文明の利器最高!


 狐耳と狐尻尾が生えた私は、普通の人とはちょっと違う。詳細は省くけど、転生して狐の獣人になった。ちなみに性別も変わっていて、元は男だった。


――ピンポーン!


「明さーん! こんにちはー!」


「愛里(あいり)ちゃんだ。こんにちは、入って」


「おじゃましまーす! ふぅ、外はすごい暑さですねー」


 部屋に上がり込んできたのは、山本愛里(やまもと あいり)ちゃん。私と冒険者パーティーを組んでいる仲間で――、


「やっぱり耳と尻尾を出すと、解放感がありますね!」


 同じく転生仲間でもある。彼女は犬の獣人だ。


「そういう割には全然汗かいてないね」


「これはですね、〈水魔法〉で薄い膜を作って、熱を遮断してたんです」


 なんと! そんな使い方ができるのか。でもダンジョン外では、基本的にスキルを使うのは認められていない。とはいえ緊急時は別だ。


「暑いっていうのは、緊急時ですよ!」


 たしかに。熱中症や熱射病はときに命に関わる。


「〈火魔法〉でも同じようなことができないかな」


「できなくはないと思いますけど、明さんの魔法って、すっごい魔力が漏れてて派手なんですよね」


「え?」


 何それ? 初めて言われた。


「〈魔力感知〉っていうスキルを手に入れたんですけど、明さんが魔法を使う時、もうブワーってすごいですよ」


「そうなんだ。ちゃんと魔法のこと勉強した方がいいかな?」


「一緒に勉強しましょう!」


 私の〈火魔法〉や愛里ちゃんの〈水魔法〉は、転生時にもらったスキルで、普通のスキルよりも高性能だ。愛里ちゃん曰く、そのおかげで魔力がブワーってなってても大丈夫だということらしい。それって、普通のスキルだったらダメってことかな?


「勉強の前に、お昼にしよう」


 二度寝で思ったよりも時間がたっていて、気づけばお昼前だ。獣人の体は代謝が良いのか、結構お腹がすく。


「あ、そうめんを茹でて欲しくって持ってきました!」


「いいよ。薬味にはネギと炒り卵とハムとキュウリ」


「具だくさん!」


「あと大根があるから、ツナと一緒にサラダにしよう」


「お願いします!」


 愛里ちゃんは、ちょっと自炊が苦手だ。というのも、転生前も後も16歳で、料理もそれほどしたことがなく、一人暮らしなんてもっとだ。


 それなのに転生して急に一人暮らしになったものだから、一人が寂しく頻繁に私の部屋へやって来る。私は前世で大人と呼ばれる年齢だったので、一人でも平気だし料理も普通にできる。


「愛里ちゃんもちょっとずつ練習しようね。キュウリを切ってくれる?」


「わかりました!」


 がんばったね。少し太いキュウリも良いアクセントになるよ。


 ペロリと1袋400gのそうめんを食べきって、洗い物は愛里ちゃんがはりきって終わらせた。


「そういえば、Cランク冒険者試験は予約できた?」


「できましたよ、3日後の土曜日です」


「そっか。じゃあ金曜はダンジョンお休みにする?」


「いえ。試験は午後からなので、いつも通りで大丈夫です!」


 スタンピードが収まってから、愛里ちゃんと一緒に〈亡霊ダンジョン〉を踏破した。Cランクダンジョンなので、愛里ちゃんもCランク冒険者試験が受けられるようになったというわけ。


『世界冒険者月間』はもう終わったので、試験官が冒険者協会に常駐していたりはしない。常駐させるのもコストがかかる。


 通常は、1週間に1回か2回、試験の日が設定され、先に予約した者から順に試験を受けるのだ。


「じゃあ私も見学について行こうかな」


「明さんが見に来てくれるなら頑張らないと!」


「やりすぎないようにね」


 同じパーティーを組んでいる人が試験を受ける際に、パーティーメンバーが見学に行くことは可能だ。


 ちなみに私たちのパーティー、愛里ちゃんが『マヨヒガ』っていう良い感じの名前を付けてくれたんだけど、絶賛封印中です。


 なぜなら、玉藻の前と真神に繋がりそうだから。


 これには愛里ちゃんがしょんぼりしてしまった。次に玉藻の前と真神が人前に出るときには、大々的にパーティー名を宣言する、という約束をすることでなんとか元気を取り戻してもらったのだった。

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