第26話 ピンチのときにはケモミミで
それに一番早く気付いたのは、愛里ちゃんだった。
「何かが後方にいます!」
「え?」
聞こえた声の内容が頭に染み渡る前に、〈気配察知〉に反応があった。
「後方にモンスター!」
現れたのは5階層で見た『エルダーリッチ』だった。どうして急に現れたのか、それは一旦頭の隅に追いやっておく。
「ファイアアロー・ダブル!」
理恵さんと一緒に倒したエルダーリッチなら、これで倒せるはず。そんな魔法は、モンスターとの間に割り込んだ2人の冒険者によって防がれた。
防いだと言っても、体を使った捨て身の妨害で、魔法を受けた冒険者はHPを全損し、衝撃で意識を失ってしまった。
「えっ、どうして!?」
「この人たち、『ダンジョン審判教』ですっ!」
予想外すぎる展開に一瞬呆けていると、愛里ちゃんが叫んだ。ああ、それならこの行動にも納得できる。
ダンジョン審判教は、ダンジョンブレイクを起こすために活動している。この迎撃エリアを混乱させれば、スタンピードが〈門〉へ到達する可能性は高まるだろう。
――オオオオォオォ!
捨て身で稼がれた一瞬の時間で、エルダーリッチは配下のアンデッドモンスターを召喚してしまった。
そして、周囲を見渡せば、別のもう1か所でも、同じようにエルダーリッチがいるではないか。
これは危うい。力を温存している場合ではない。故に――、
「愛里ちゃん、やるよ!」
「わかりました! 少し派手に一掃しますっ!」
玉藻の前の出番だ。
愛里ちゃんが手をかざすと、別の所で出現していたエルダーリッチの足元から、水龍のリューちゃんが飛び出した。
その余波を受けて1人の冒険者が吹っ飛んでいるが、きっとこの人もダンジョン審判教なんだろう。きっとそうだ。
「なんだこいつ等は!?」
「前線を維持しろ!」
「エルダーリッチだ!」
冒険者側の混乱は相当なものだ。でも少しだけ耐えて欲しい。
「こっちもやります!」
エルダーリッチを空中で消滅させたリューちゃんは、そのまま私たちのすぐ側にいるエルダーリッチへと落下してきた。地面へ激突する瞬間、その身を小さな矢へと変化させ、周囲のアンデッドモンスターを貫く。
「ん、この隙に」
舞い上がった土煙とリューちゃんが変化した細かな水滴で、周辺の視界は悪い。ここが変身するチャンスだ。
(変身! 狐よ!)
皆の視線が地上に剥いている間に、狐型狐火――そういえばココって名前を付けたんだった――を上空に作り出した。
(一旦前線を押し上げるとする。狐よ、駆け抜けるのじゃ!)
「今度は何だ!?」
「狐だ! 見たことあるぞ!」
地上に降り立ったココが駆け抜けるだけで、モンスターたちは火だるまになっていく。当然だ。ココは形こそ狐だけど、実際は狐火だからね。
「モンスターが燃えていくぞ!」
「よしっ、押し返せ!」
エルダーリッチの出現に合わせて、モンスター側の圧力が増していた。こちらの前衛にまで伸びていたモンスターの群れをココが分断したことで、冒険者側が押し返す余裕が生まれたのだ。
きっと、紛れ込んでいたダンジョン審判教と連携した作戦だったんだろうけど、私と愛里ちゃん――玉藻の前と真神の前には無駄無駄。
ここからは、私たちの出番だ。
〈隠密〉を全開にし、ついでに愛里ちゃんの〈水魔法〉で周囲の風景を模倣することで偽装もして、一度空中へと飛び上がった。
だって、空中からの登場ってミステリアスでしょ?
さあ行くぞ、愛里ちゃん!
「ずいぶん押されておる様じゃな。どれ、妾が手助けしてやろう」
「うわー、すごい数っスね。スタンピードって初めて見たっス!」
うんうん。急に空中に現れた2人のケモミミに、皆びっくりしているね。でもちょっと危ないから前線のモンスターを一度どけよう。
「たのんだぞ、真神よ」
「了解っス。リューちゃん! 『水景・大瀑布』!」
迎撃エリアの中央、エルダーリッチと配下のアンデッドを倒した場所から、再びリューちゃんが姿を現した。しかしその大きさは、最初のものより一回りも二回りも大きい。
そしてその身をくねらせると、大きく口を開け、大量の――文字通り天を覆うほどの水を生み出し、それが一気にモンスターへと落下した。
えー! 何それ、かっこいい! 愛里ちゃんいつの間に考えたの? 『水景・大瀑布』って、名前まで付けて、愛里ちゃんノリノリじゃん! ちょっとドヤ顔だし!
「どうっスか、玉藻さん!」
「やるではないか、真神よ」
これは愛里ちゃんに負けてられないな。私も玉藻の前としていっちょやってやりますか。でもその前に、指揮官の理恵さんに一言掛けておかないとね。
愛里ちゃんと二人で空中を移動し、理恵さんの所へ。ちょっと警戒されてるかな?
「そこの女子(おなご)よ。少々苦戦しておる様じゃから手を出させてもらったぞ」
「あなたは、噂の狐巫女ね」
「噂はどうか知らんが、狐が妾以外におるとは聞いたことがない」
「そう。あなたは私たちの味方と思っていいのかしら」
「安心せい。妾たちはお主ら人の子の味方よ」
というか、私たちも一応人類の枠に入るのかな? これって難しい問題かも? まあいいや。
「妾が全て片付けても良いが、それではお主らのためにもなるまい。もう少々手助けしてやろう」
パンと柏手を1つ。掌の間に呪符を生み出す。
「ほっ」
手を広げると同時に、私の周囲に呪符を展開! 無駄に周囲をくるくると回らせるぞ!
「危ないものではない。ほれ、受け取るがよい」
パンともう一度柏手を打つと同時に、呪符を飛ばす。この場にいる冒険者全てに呪符を張り付けて、魔法使いにはMP回復量アップのバフを、それ以外には敏捷度アップのバフをかけた。
ちなみに何度も言うが、ここまでの動作には一切意味はない。私も愛里ちゃんみたいに技名を考えておくべきだったか。
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2024/04/01 玉藻の前の一人称を「妾」に変更
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