第20話 異変があるなら撤退で

 魔法の講義を終えた私たちは、ダンジョン攻略を再開した。徐々に愛里ちゃんの負担を増やし、なかなかパーティーらしくなってきたんじゃないかな。


 もう少し進むと、前衛は少し暇になってきた。ゴーストがこちらに近づく前に、しおりちゃんと愛里ちゃんの魔法が飛び出し、競うようにゴーストを撃ち抜いていくいくからだ。


「ちょっと暇ね。ドロップを拾うことしか仕事がないわ」


「僕なんて歩くだけだよ」


「私は索敵してる。ん、次はあっち」


 同じくらい魔法について詳しい愛里ちゃんが加わって、しおりちゃんがちょっとだけテンション上がっちゃったんだね。


〈ダークアロー〉が連射されたり、曲射されたり、超スピードになったり、楽しそう。ちょっと魔法について勉強する意欲が高まったのは内緒だ。


「しおりさん、やりますね! 次は私の番です!」


 一方愛里ちゃん、〈水魔法〉によるアクアアローは、途中で分裂したり、ホーミングしたり、空中に次弾を浮遊させたり、楽しそう。かなり魔法について勉強する意欲が高まった。


 あれ? でも〈狐火魔法〉なら同じようなことができたな。ミミミちゃんを助けに入った時を思い返すと、今よりもっと高度なことができていたと思う。狐型狐火もそうだ。


 もしかして、〈狐火魔法〉か玉藻の前の姿か、どちらかに魔法を扱う補正があるとか?


 玉藻の前の使う狐火が下手っぴだったら、どう考えてもミステリアスさにはマイナスだ。どうやらギリギリのところで命拾いをしていたみたい。助かった。


 でもその内〈火魔法〉でも同じようなことをしたいので、やっぱり魔法の勉強はもうちょっと頑張ろうかな。


「〈ダークアロー・トリプル〉!」


「こっちは、アクアアロー・クアドラプル!」


「はしゃいでるわねぇ」


「ん。楽しそう」


「〈神聖魔法〉にも普通の攻撃魔法があればなぁ」


 魔法が飛び交う下をてくてく歩いて、5階層の〈ダンジョンポータル〉まで来た。


 臨時パーティーとしては既に来た場所だけど、この〈ダンジョンポータル〉の登録は個人に紐づいているため、愛里ちゃんはきちんと登録しておかないといけない。


「まだ時間がありますし、階層ボスまで行ってみましょうか」


「行きましょう! 私の聖水で浄化してあげます!」


「ボスの所まで行ったら、リポップしていてもいなくても戻りますからね。約束ですよ?」


 ノリノリの2人を悠ちゃんがなんとか抑えている。しおりちゃんの暴走を止めるのが、すっかり悠ちゃんの役割になっちゃった。普段はしっかり者なんだけどね。あ、でも〈マジックアイテム〉屋さんでも暴走してたか。


「今日はお散歩だけになりそうね」


「ん、〈エンチャント〉して混ざる?」


「うーん、やめておこうかしら」


 有希ちゃんと私はのんびりタイムだ。そもそも今日って臨時パーティーのお休みの日なんだよね。明日からはまたダンジョン攻略の予定だ。


 働き者というかなんというか。


「臨時パーティーを組んで、効率的にレベル上げができるようになったでしょ。だから少し楽しくなっちゃたのよね」


 なるほどね。レベル上げが楽しくなっちゃったのか。ついでに優先攻略ダンジョンだから金策としてもおいしいと。まさに稼ぎ時。


「でもやりすぎは良くない。今日は早めに終わろ」


「明さんに言われたらしょうがないわね」


 急がば回れだ。『世界冒険者月間』はあと1週間ある。ペースを乱さず最後まで楽しまないとね。




「あれが、このダンジョンの階層ボスですか?」


「いえ、前に来た時とは違います。おそらく……、階層ボスではないと思います」


 困惑したような愛里ちゃんに、答えるしおりちゃんも歯切れが悪い。


 6階層へと続く階段前に到着した私たちを迎えたのは、以前倒した経験のある階層ボスとは別種のモンスターだった。


「ここのボスは、ゴーストの上位種のレイスが1匹だったはずです」


 ゴーストが浮遊するもやもやだとすると、レイスは浮遊するぼろきれといった見た目だ。今、目の前にいるのは、ぼろきれはぼろきれだが、しっかりとした人型を模ったぼろきれ。


「明さん明さん、私の〈鑑定〉で見てみたんですけど、『エルダーリッチ』っていうみたいです」


 愛里ちゃんがこっそり教えてくれた。エルダーリッチ。有志まとめサイトにも載っていなかったモンスターだ。エリートとかリーダーではなく、エルダーというのはどういう法則があるんだろうか。それとも別種なんだろうか。


「強いの?」


「能力値は明さんの方が上です。でも皆は……」


「余裕ない感じ?」


「そうですね」


 私の感覚としては、〈呪符〉を切って戦えば大丈夫そう。それか、〈火魔法〉を自重せず撃ち込むか。とりあえずしおりちゃんには、私が強さを感じたことにして愛里ちゃんの鑑定結果を伝えておく。


「明さんでないとダメですか……」


「ん。そんな感じがする」


「明らかに異常ですね。明さんなら倒せるかもしれませんが、倒した後に何が起こるか定かではありません。ここは一度撤退し、情報を持ち帰ります」


 異常事態を前にしてしおりちゃんが落ち着きを取り戻した。良かった良かった。


 情報を持ち帰るのも冒険者のお仕事です。いまだダンジョンが出現してから10年ほど。何が起こるか分からないことも多い。無理に突っ込むのは匹夫の勇だ。


「では、急いで戻りましょう」

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