第18話 制圧するなら迅速に(後藤理恵「姉御」視点)

【まえがき】

 今回は少々残酷描写があります。ご注意ください。

――――――――――――――――――――


 明と愛里が〈狼ダンジョン〉ではしゃいでいる頃、後藤理恵は冒険者協会へと来ていた。明をストーキングしていた人物の、その後についての情報共有のためだ。


「お疲れ様。どう、何か情報はとれた?」


「ええ。下っ端ですが、『ダンジョン審判教』のようです」


「うえっ。あいつらか……」


 理恵の顔が臭い匂いでも嗅いだかのようにひどく歪んだ。


『ダンジョン審判教』。それは、ダンジョンを最後の審判のための施設だと考える宗教である。そして、その教義では、スタンピードの結果引き起こされる『ダンジョンブレイク』こそが、最後の審判だとしている。


 故に、ダンジョン審判教ではダンジョンブレイクを防ぐ行為、つまり、ダンジョン内のモンスターを倒す行為は『悪行』となる。冒険者協会との関係は、説明せずともわかるだろう。


「しかも過激派ですよ」


「うげぇ、もっと聞きたくなかったわ」


 過激派は、自らダンジョンブレイクを起こすためにあれこれと活動している。もちろん国際テロ組織に指定されている。


「それで、他には?」


「拠点の場所が数か所、あとは審判の日は近い、とだけ」


「審判の日ね……」


 理恵の脳裏に、過去に体験したダンジョンブレイクの記憶が浮かんだ。


 理恵は、今でこそ日本の冒険者協会に所属しているが、若いころ(今でも十分若いが)は高ランク冒険者として海外で活動していたこともある。


 その中で一度だけ、ダンジョンブレイク対応の、その最終段階である掃討作戦に参加した経験がある。


 この世の地獄と言うのですら生温い。あれは審判でもなんでもない。殺戮、虐殺、暴虐。比喩ではなく血の海がそこには広がっていた。


「拠点にはいつ踏み込むの?」


「今日の夜に。参加されますか?」


「もちろん行くに決まってるでしょ。クズは掃除しないとね」


 眼は全く笑っていない笑顔で、理恵は宣言した。




「3班、配置についた」


『了解。突入まで残り3分です。指示があるまで待機してください』


「突入まで3分、指示があるまで待機する」


 理恵は、闇夜に紛れる黒い装備を着て、とある住宅街へと来ていた。側にはもう1人同じような装備の人がいて、ツーマンセル(2人組)を作っている。それが理恵の組を合わせて3組。これで、情報に合った拠点の1つを強襲する。他の拠点も同時に強襲する予定だ。


 目標の建物は、見た所普通の一軒家に見える。しかし、直接目にした理恵には、魔力が揺らめいている様に見えた。


「本部、普通ではない魔力が眼で確認できた。注意を徹底してちょうだい」


『了解。他の拠点についても注意喚起します』


「ありがとう」


『突入まであと1分です』


 バディとの最終確認を終えた理恵は、一度眼を閉じた。良いものも悪いものも同じくらい見てきた眼に、理恵は自信を持っている。


『突入まで30秒』


 眼を開き、しっかりと目標を見つめる。


『突入まで20秒』


 黒く光を反射しない短剣を取り出した。


『突入まで10秒』


 体はまだかと叫んでいる。


『突入まで5秒、4、3、2、1』


 しかし心は凪いでいて――、


『突入!』


 風より速く駆けだした。


 電力が遮断され、光の消えた家を目指して疾走する。一足飛びで塀を登り、その塀を蹴り砕く勢いで2階の窓へと突入した。事を起こしたこの段に至っては、もはや隠密する必要性は薄い。


 バディによってもたらされる敵の位置を頼りに、暗闇の中を駆ける。一人、二人、三人と片付けて、残りの反応は地下だ。そちらは1班が対応することになっている。


 2階から静かに地下を見つめていた理恵の眼に、にわかに魔力が高まるのが見えた。


「まずいっ! 『外道』の〈マジックアイテム〉よ! ここでモンスターを呼ぶ気だわ!」


 冒険者協会の中でも、特定の地位にあるものだけが触れることのできる情報に、『外道』と呼ばれる〈マジックアイテム〉の存在がある。


 これは、ダンジョンのモンスターを召喚し、使用者の望む通り自由に使役できる〈マジックアイテム〉だ。


 発見された当初は、使用すると危険なハズレアイテム扱いであったが、ある事件を切っ掛けに世界冒険者協会が全力でその存在を隠蔽することとなった。


 冒険者協会が〈マジックアイテム〉を詳細鑑定するのは、この『外道』の〈マジックアイテム〉を隠蔽するための手段の一つだ。


「ちっ! もう阻止できない! 1班、すぐに倒れているのを処理して! やつら自分を生贄にモンスターを『覚醒』させるつもりよ!」


『了解っ! く、ダメだっ、1人やり損ねたっ!』


「3班も合流する!」


『くそがっ! 「覚醒」した!』


 さて、人間はダンジョンという異世界に入り、モンスターを倒すことで〈ステータス〉や〈スキル〉を得る。これによって、人間は人間以上の力を得ることができる。


 では逆に、モンスターが地球という異世界に入り、人間を倒すことで何を得るのだろうか?


 それが『覚醒』だ。


 人間と同じように、新たな力を得て、新しい〈スキル〉も使う。ダンジョン内にいるモンスターより、全ての能力が向上している。当然、知能も。


『覚醒』したモンスターの群れは、ただ狂気に飲まれた『スタンピード』とは訳が違う。


 だが、要はモンスターに人間を倒させなければいいのだ。それを実行するために、自ら都市一つを消滅させる判断をした国もあった。また、戦いの最中、戦友をその手に掛けた者たちもいた。


 これが地獄。どちらが殺すかの命の奪い合い。


「こちら3班、拠点を制圧した。隊員に軽傷者2名、敵は4名死亡、3名は無力化」


『了解。確保要員を送ります。お疲れ様でした』


 理恵の足元には、血に濡れたモンスターの死骸が1つ。『覚醒』を起こしたモンスターは、実体を持ち、死して消えることはない。


 故に『ダンジョンブレイク』の後に残るのは血の海。数多の死骸が浮かぶ、真っ赤な海だ。

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