第12話 帰り道なら後ろに気を付けて
〈亡霊ダンジョン〉は、私の住んでいるマンションから、電車で30分くらい離れた郊外にある。周囲にお店などは少なく、これもこのダンジョンが不人気な理由のひとつだろう。
ダンジョンの最寄駅から電車に乗ると、会社帰りの人たちでまあまあ混雑していた。ほぼ冒険者用となる『武器持ち込み者推奨車』は、もっと混雑している。一日の仕事を終えて帰るのは、勤め人も冒険者も変わらない。
諦めて電車に乗り込もうとしたとき、またもチリリと視線を感じた。
(む、まただ)
人が多く、ここでは視線の主を確認することはできない。むしろ、よく私を見つけたなと思うほどだ。
(何かのスキルを使ってるとか?)
〈スキル〉については、ダンジョンが出現してから10年たった今でも分からないことが多い。一説には、〈ステータス〉で得た魔力が何らかの影響を与えているとか。何らかって曖昧だよね。
対象を追跡するスキルとか、マーキングするスキルとか、何らかの方法で人込みを避ける方法があるのかな。あ、何らかって言っちゃった。
今もチリチリとした感覚があるから、しっかりと私を認識していることは間違いない。
(いったい誰なんだろう)
正直いって、段々と鬱陶しく感じ始めている。声を掛けるならさっさと掛けて欲しいし、パーティーの勧誘ならお断りだ。それとも、もっと別の理由があるのかな。
電車は進み、もうすぐマンションの最寄り駅。でも、その一つ手前の駅で降りた。こんな視線の主をくっつけたまま、最寄り駅で降りるほど不用心ではない。
ホームには、電車内ほどの人はいない。視線の主を確認しようと待ち構えていたんだけど、引っかかる人はいなかった。
(むう。そんなに簡単じゃないか)
なかなか思い通りにはいかない。こちらはストーキングのプロでもなければ、追跡のプロでもない。ダンジョン外では、〈スキル〉の使用は制限されるため、獣人の身体能力とスキル頼りのただの美少女には厳しいものがある。
どうしようかと歩きながら考えていると、やはりストーキングは継続中で、視線を感じる。
(できるだけ人気のある道に行こう)
何かいい案が思いつくまで、そこらを歩くことにした。これで諦めてくれれば御の字だ。
5分ほど目的もなく歩き回ってみても、ストーキングはそのまま。声を掛けてこないってことは、家を把握するのが目的なの?
どうしよう、段々と怖くなってきた。
(うーん、どうしよう。このままマンションに帰る選択肢は絶対にない。どうしたらいいの?)
相手がモンスターだったら槍で突けば終わりなのに。いっそのこと、猛ダッシュで無理やり引き離そうかと考えていると――、
「あれ? 明ちゃん、こんなところでどうしたの?」
「あっ、理恵さん」
声を掛けてきたのは、ダンジョンで別れた理恵さんだった。周囲を確認すると、いつの間にか関東局周辺まで歩いていたようだ。
「何かあった? あっ、そういうことかな。前に言ってた視線を感じるってやつ」
「ん、そうです。電車からずっと」
「ちょっと一緒に歩こうか……。あーこれかな? 少し離れるね、関東局で合流しましょう」
とんとん拍子に事態が進行し、理恵さんが誰かをひっとらえた。
理恵さんと別れた後、私は関東局の一室でお茶を飲んでいただけだ。こんな時間まで働いているなんて、冒険者協会ってブラックなの?
「ああ、私たちは交代勤務ですよ。夜間にダンジョンや冒険者関連の問題が起きないとも限りませんから」
よっぽど私の視線が言葉を持っていたのか、一緒に待っていてくれた職員さんが教えてくれた。なるほどね。ブラックではなかったみたい。
「ふー、災難だったね、明ちゃん」
理恵さんが部屋にやってきた。
「後藤さん、無茶しすぎですよ」
「ごめんごめん。有望な後輩に変なちょっかい掛けられたくなかったからさ」
「ありがとうございます、理恵さん。どうしようかと困っていたんです」
さすが姉御! 本当に助かりました!
「録画装置が出てきてね。明ちゃんをストーキングしてたのは確実だよ。今はその理由を聞いているところ」
冒険者協会には、冒険者が関与する事件についての捜査権限もある。より正確に言うと、警察の分署的なものが置かれている。職員は、警察と冒険者協会双方の所属になっている。
「計画的な犯行ということですか。前田さんが組んでいるパーティーの他の方へは?」
「もう連絡してあるよ。そっちは特に何もなかったみたい」
あ、そうか。今捕まった人がダンジョンで感じた視線の主だとしたら、しおりちゃんや有希ちゃん悠ちゃんをストーキングしてても不思議じゃない。
「皆に何もなくて良かった」
「そうだね。明ちゃんには話を聞けたし、今日はもう帰っても大丈夫よ」
「進展がありましたら、後藤さん経由でお知らせしますね」
「わかりました」
なんとかひと段落したみたい。ダンジョンへ入るよりもよっぽど疲れたよ。
「明ちゃん大丈夫? 私が送っていこうか?」
「でも、迷惑じゃ」
「大丈夫大丈夫。お給料はたっぷりもらってるからね」
こっそり教えてもらった額は、確かにたっぷりだった。
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