第8話 服を買うなら一日かけて

 甘かった。


「こっちのドレスシャツも似合うんじゃないかしら」


 何が甘かったのか。


「それでしたら、ボトムスは先ほどの……、ええそれです。色はもう少し濃い方がいいでしょう」


 有希ちゃんとしおりちゃんのバイタリティーを甘く見ていた。


「……」


 巻き込まれた悠ちゃんの目は虚ろで、光がない。


 すでに時刻はお昼を回っていて、食事休憩を挟んだ後にまだ続いている。


 ちなみに、装備を買う、ということで『東京アドヴェンチャーセンター』に来ていたわけだが、装備を買うのに掛けた時間は30分だ。


 要求スペックと価格を見比べ、少し試してみて購入。実に計画的でスピーディーだった。私が買いたい槍の目当ても付いた。


 そうして確保した時間を使って、私と悠ちゃんの服選びを継続している。


 ただまあ、想定が甘かったというだけで、別に嫌ではない。いろいろな服を試着してみて、可愛くなるのは楽しいし、ちょっとショタっぽくなるのも悪くない。


 ただ――、


「このマントを羽織らせれば……」


「完璧ね。これは完全にショタヴァンパイアです。写真を撮りましょう」


「お客様、コーディネートイメージのために記録させていただいてもよろしいでしょうか。謝礼はこのくらいで……」


「もちろんです。明さんの可愛さを記録しましょう」


 人をコスプレさせてお金を巻き上げるのはやめようね。


 え? そんなにもらえるの? いや、うーん……、よし、やっちゃえ!


 コスプレも悪くないです。ほら、悠ちゃんもポーズとって。うんうん、いいね!


「ありがとうございました。またご来店ください」


 ようやく終わった。試着だけで結局1着も買わなかったんだけど、良いんだろうか? 店員さんがすごい笑顔だから良いんだろうなぁ。


「さあ次のお店に行きましょう」


「そうね。まだ3店目だからね」


 これで終わりだと思った? そんなわけないよね。そう、考えが甘い。


 1件目は少し上品なレディース。似合わないと思ったけど、みんなの評判は良かった。


 2件目はどちらかというとローティーン向けのお店。小悪魔風とかで盛り上がった。


 3件目はさっきまでのボーイッシュコスプレ店。いや本当はコスプレ店ではないんだけど、何故かそうなった。


次で4件目だ。


「次のお店はどんなところ?」


「次は和風ロリータよ」


「和ロリ!」


 和ロリ――和風ロリータファッションとは、着物や袴といった和装にレースやフリルを組み合わせたファッション。私も玉藻の前の巫女服を考える際にとてもお世話になったファッションスタイルだ。


 大正ロマンファッションに似ている、と言ったらイメージできる人もいるんじゃないだろうか。ハイカラさんだ。


「明さん、ずいぶん乗り気ですね。お好きなんですか?」


「結構好きかも」


「ダンジョンには合わないかもしれませんが、普段着にはいいですよね。さ、入りましょう」


 いくら上に防具を着たとしても、ダンジョンに着ていくのは無理があるか。いつもはパーカーでダンジョンに入っているので、なんとなくそのままダンジョンに行くつもりになっていた。


 着物での戦闘に憧れはあるけど、どう考えたって向いてない。いや、袴ならいけるかな?


「まずはざっくりとスタイルを決めましょう」


「そうね。明さんはスカートはどうかしら」


「ん、いいよ」


「悠は袴にしましょ。同じじゃつまらないしね」


 哀れ悠ちゃんはまたも巻き込まれてしまった。でもここまで試着してきたスカートよりかはマシだと思う。


 スカートが置かれているエリアに移動し、何か琴線に触れるものがないかを見ていると、どうも既視感のある一式がある。


「もしかしてお客様は冒険者でいらっしゃいますか?」


「はい。そうですけど」


「こちらの一式は、あの有名な冒険者の狐巫女さんをイメージしたものになっております」


「狐巫女さんですか。私も聞いたことがあります。巫女服を着た冒険者でしたね」


「はい。全く一緒のデザインではございませんが、狐巫女さんのファンに人気があるんですよ」


 なんですと! 玉藻の前モチーフの服! そういうのもあるのか。少しフリルが多めで、見栄え重視になっているが、全体的な雰囲気は確かに似ている。巫女服っぽさはかなり低減していると言っていい。


「もしよろしければ、試着してみますか?」


「はい、お願いします」


 もちろんですとも。


 着やすいように構造はとてもシンプルだ。


 トップスは、白衣というより、合わせ目がわき腹辺りに移動したシャツに近い。スカートはかなり玉藻の前に似ている緋色のもので、セットにパニエはなし。プリーツで自然なボリュームを出している。装飾は全体的にフリル、袖にリボンが追加されていて、可愛さアップ。


 耳や尻尾を出したらどうなるか確認してみたいけど、ここでやるのは不用心が過ぎるね。


「お客様にお似合いですよ」


「うん。僕も似合ってると思う」


 頭のおっきなリボンと袴で、可愛いハイカラさんになった悠ちゃんも似合ってるよ。


「これ、買います」


「お買い上げありがとうございます♪」

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