第6話 息抜きするなら〈狼ダンジョン〉で

「行くのじゃ狐よ。疾く駆けよ」


――コヤーン!


 狐型狐火が高く鳴いた。


 今日は臨時パーティーの合間に、玉藻の前の姿で〈狼ダンジョン〉に来ている。


 今更Dランクダンジョンに? そういう疑問は最もだ。だけど、あえてね。あえてDランクダンジョンに来ている。


 玉藻の前の強さは、ミミミちゃんの配信で存分に見せつけてある。すると世間はこう思うはずだ。「あのすっごく強い謎の美少女狐巫女がDランクダンジョンにいる! 謎だ! ミステリアスだ!」とね。


 決して、森の中を駆けるというのが目的ではない。いいね?


 あと『狐召喚魔法(一人乗り)』に発声機能を追加できた。まだ複雑な鳴き声を発するのは無理だけど、コヤーン!くらいはできる。


 玉藻の前の姿でコヤンコヤンするのはミステリアス的にまずいなら、狐型狐火にコヤンさせればいいじゃない。まさに逆転の発想だ。


「うむうむ。良い速度じゃ。狐もなかなか良いのう」


 狐の体が大きい分、走るルートが限られ、速度は自分で走るよりは劣る。それでも十分に気持ち良い。例えるなら、自分の足で走るのは自転車で、狐に乗って駆けるのは自動車といった感じ。どちらも別の良さがある。


 1階層から4階層まで一息で駆け抜けて、5階層手前まで来た。所要時間は1時間ほど。


「おや、階層ボスがリポップしておるのう」


 道中でも感じたが、普段よりも〈狼ダンジョン〉にいる冒険者の数が少ない。理由は、ここが優先攻略ダンジョンに指定されていないためだろう。


『世界冒険者月間』の期間中、優先攻略ダンジョンに指定されたダンジョンでは、魔石や素材の買取金にボーナスが付く。


 これは、普段人気のないダンジョンの攻略にメリットを付与し、スタンピードを防ぐ目的で行われる。〈狼ダンジョン〉は普段から人気のダンジョンなので、わざわざ優先攻略ダンジョンに指定せずとも、スタンピードの予防は十分だ。


 積極的に金策をするなら、優先攻略ダンジョンに入った方が良い、そんな絶妙なバランスになっている。さすが冒険者協会。


「そうじゃ、今日は移動も戦闘も狐にまかせてみるか」


 ここまで狐の背に乗って移動してきたわけだが、戦闘は背の上から狐火を飛ばすことでやってきた。それはそれでいいのだが、今日は息抜きがメインなので、趣向を変えて狐に戦わせてみるのも面白い。


 ひらりと狐から飛び降り、狐をエリートフォレストウルフへと向かわせた。


「行け狐! ひっかく攻撃!」


――コヤーン!


――キャゥッ……


 一撃だ。狐のひっかく攻撃を受けたエリートフォレストウルフは、悲鳴の途中で燃え尽きてしまった。物理攻撃+炎上ダメージといった感じ。


「うむうむ。なかなかよいではないか」


〈狐火魔法〉の活用方法として意外とありかもしれない。ちなみに、魔法なのに何故物理攻撃できているかについてだが、狐火をギュッ!としたらできた。コヤーン!させるのも同じ原理だ。


 この原理を使って背中に乗れるようにもできるんだけど、このギュッ!とするのには追加でMPを消費する。コヤーン!1回で1MPだ。乗れるようにギュッ!とし続けるには毎秒1MPを消費する。さすがに消費が重い。


 その点〈呪符〉ならば、呪符を生み出す際にMPを消費するだけなので、とってもお得。さすが〈呪符〉。便利。


 魔石を回収し次の階層へと向かう。考えるのは先ほどの狐での戦闘だ。


 戦闘自体は満足のいくものだった。狐火を狐型にして戦わせる。なんだか眷属を連れているようで良いよね。ミステリアスだ。


 ちなみに、狐型にしてあると言っても魔法は魔法なので、その動きは全手動だ。と言っても、操作するのに割いている意識はほんの少し、小指程度のもので、半ば無意識と言ってもいい。無意識の狐が走り回っているわけだ。


「戦闘する際に、わざわざ背から降りるのもなぁ。かと言って、乗ったままでは腰がな……。何ぞ良い方法はないものか」


 戦闘するとなると、狐の動きも激しくなる。その背に乗って――正確には呪符で張り付いて――いること自体はできるが、確実に腰にくる。やはり降りるしかないか。


 他には狐を複数連れ歩くというのもありだ。これなら戦闘用と移動用を分けることができ、あわただしく乗り降りすることもない。


「問題は、2頭操るのは難しいということじゃな」


 これは感覚的な話になるんだけど、1つの目的に沿った魔法を複数操るというのはそれほど難しくない。9つの狐火を浮かせて敵を打つとかね。


 反対に、2つの別の魔法を、別々の目的で運用するというのはかなり難しい。1つの魔法が別の魔法に干渉してくる。例えるなら、小指を動かそうとすると薬指まで釣られて動いてしまうようなものだ。


 これは魔法に割く意識の問題とはまた別で、勝手に連動して動いてしまう。


「これは要練習じゃな」


 狐の操作もそうだが、こういうのには〈魔力操作〉スキルが重要な役割を果たしている。きっとレベルが上がればなんとかなると思う。


 夢中になって練習しているうちに、狐は25階層を踏破し、折角なので最奥ボスも狐に倒してもらい帰還した。攻撃されても逆に相手が燃え上がるので、かなり卑怯だと思う。残念ながら宝箱は出なかった。


「うーん、良い気分転換になった」


 得た魔石は少ないが、やはり森は良い。ダンジョンでも効果があるかは知らないが、森林浴ってやつだ。


 気分よくダンジョンを出ると、いくつかのパーティーと1人かのソロ冒険者がいた。ここにいる人も『世界冒険者月間』前よりずいぶん少ない。そのせいか、ソロ冒険者はひどく目立っていた。


(野球帽の君、ソロでも頑張りたまえよ)


 なんてちょっと上から目線に思ってしまうのは、臨時といえどパーティーを組んでいるからかもしれない。


 私もちょっと前までは、そっち側だったのにね。


 さて、帰ってお稲荷さんを食べながらダンジョン配信を観ますか。


――――――――――――――――――――

【あとがき】

前田明さんのイメージ図を近況ノートに掲載しました。

気になる方はぜひ見てみてください。

https://kakuyomu.jp/users/kanikurabu/news/16818093073846683081

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