第3話 試験官なら飛んでった

 Cランク冒険者試験当日。


 必要なものは、普段の装備だけ。主に戦闘能力を測るため、試験官との戦闘を行う。試験官は現役のCランク冒険者だ。


「前田明さん、こちらへどうぞ。本日はCランク冒険者試験ということで、まずは〈ステータス〉の開示をお願いいたします」


「はい」


〈ステータス〉は基本的には自分で確認するだけのものだが、名前とダンジョン踏破証のみ、他人へ開示できる。


「お名前とCランクダンジョンの踏破証を確認しました。ありがとうございます」


 そこから試験の内容や注意点などが説明された。


 Cランク冒険者とは一流の冒険者の証しである。これは見方を変えるとちょっと違っていて、『Bランクダンジョン以上に挑むならCランク冒険者程度の戦闘能力は必須』、となる。


 したがって、Cランク冒険者試験では、評価されるのは戦闘能力のみである。ヒーラーだから戦闘できません、なんて言い訳は通らないのだ。


 これがBランク以上の冒険者試験だと少し違っていて、戦闘能力も評価されるのだが、それ以外の専門技術や〈スキル〉の評価の比重が大きい。


 そうでもしないと、戦闘職以外でBランク冒険者になれる人がいなくなる。戦闘メインのBランク冒険者並みに戦闘もできるヒーラーってレア中のレアだ。


「説明は以上です。よろしければ、同意書に署名していただき、その後、実技試験となります」


「はい。書けました」


 冒険者には〈ステータス〉で得たHPがある。そのため、実技試験の安全性は格段に高い。しかし、万が一のこともあるので、同意書が必須だ。現代式冒険者と同意書、契約書といったものは切っても切れない縁がある。


 案内された試験会場は、20メートル四方の室内試験場だ。試験官らしき男性冒険者が壁際に立っていた。見た目は20代、武器は持っていないからマジックバッグにでも入れているのだろう。バッグが買えるほど稼いでいるということでもある。


「試験官の遠藤さんです。遠藤さん、本日Cランク試験を受けられる前田さんです、よろしくお願いします」


「よろしくお――」


「あーいいよいいよ。さっさと終わらせちゃお」


 スタスタと中央へと歩いていく遠藤何某さん。こちらが挨拶をしようとしていたのに、遮るとは、ちょっと感じ悪い。でもまあ無理に仲良くする必要はないので、言葉通りさっさと終わらせましょう。


 終わったらどうしようか、〈狼ダンジョン〉に行って森を駆けまわるのもいいか。最近は週一でしか森へ行っていないから、ちょっとコヤンコヤンが溜まっているんだよね。


「どっからでもかかってきていいから」


 マジックバッグから剣を取り出した遠藤さんは、ぷらりと腕を垂らして自然体でいる。なるほど、自然体こそが一番リラックスできる状態と。きっとカウンター狙いだ。


 速さを活かした戦い方をする私と相性で言えば微妙。先の先を取る私か、後の先を取る遠藤さんか、これはどちらがより速いかという勝負になるな。


「いきます」


 槍を構えて一呼吸。まずは小手調べ。だいたい5割の力で遠藤さんの速さを測る。カウンターされた時に対処できる余地を残すための5割だ。


〈身体強化〉は使わずに、少し歩いてからの〈疾駆〉でリズムを崩す。最近できる様になった、〈疾駆〉での回り込みを実践してみた。


〈疾駆〉は基本的に真っすぐしか移動できないと思っていたんだけど、スキルレベルが上昇すると、効果時間の増加と共に微妙に方向転換が可能になった。肝となるは重心の移動だ。


 ここで役立つのが長物の槍で、持ち手を変えたりずらしたりすることで微妙に重心を変えている。微妙にしか方向転換できないのは、たぶん重心が微妙にしか変わっていないから。


 向かって右から回り込んだ勢いのまま、槍を振るう。人を攻撃するのに慣れていないから、刃の部分ではなく棒の部分が当たる攻撃だ。


(あれ? 遠藤さん、まだ反応しないけど大丈夫かな?)


 この段になってもまだ遠藤さんは反応を見せない。よほど速さに自信があるんだろうか。


(んー、もうちょっとで当たっちゃうよ? いいのかな?)


 逆なのかも。最初から1発はもらう気だったとか。防御系のスキルを持っていて、対処ができる可能性もある。


 まだ反応しない。あ、いや少し腕が持ち上がってきた。でも動きはすごく緩慢だ。


(あれ、これまずいかも。速さに自信があるんじゃなくて、反応できてないだけ?)


 でももう槍は止められない。あとちょっとで当たっちゃう。私にできたのは、ほんの少し衝撃を緩めることだけ。


 バゴゥッ! バチン! ガシャ……


 最初のが槍が当たった音で、次が壁に人がぶち当たった音、最後は人が床に倒れ込んだ音だ。


「「……」」


 沈黙が試験会場を支配している。


「うっ……」


「あっ、大丈夫ですか、遠藤さん!」


 遠藤さんの呻き声で冒険者協会の職員さんが再起動した。確かにまずは無事を確かめないと。私もようやく再起動した。


 見たところ、槍が当たった箇所が折れているとか、血が出ているとかはなさそう。HPが仕事したんだね。一安心だ。


 レベルの上がった冒険者の身体能力は、レベルの低い人に比べてかなり高くなる。頑丈さもそうだ。普通あれだけ吹っ飛ばされたらケガの1つもするだろうに、遠藤さんはレベルが高いんだろう。さすがCランク冒険者。


「申し訳ありません、前田さん。遠藤さんのHPが全損してしまったため、試験の続行は不可能です。本来であれば試験官が承認しCランク冒険者となるのですが」


 遠藤さんの判断が不可能になってしまった。


「仮認定として私の権限でCランク冒険者とします。後日、今回の戦闘映像を元に検証し、Cランクが確定するでしょう。これは例外的措置ではあるものの、規定に則った処置です。ご心配されなくて大丈夫です」


 なるほど。戦闘能力のうち、“技術”という意味では全く試験できていないけど、試験官を一発KOできるなら、まあ戦闘能力的には大丈夫でしょ!という判断がされるようだ。再試験になったらどうしようかと思ったけど、良かった良かった。


「はい、わかりました」


 さて、試験が一瞬で終わってしまったので、〈狼ダンジョン〉にでも行きますか。コヤンコヤンだ!

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