第26話 助けに来たのはお狐様で!? (ミミミちゃん視点)

(失敗した!)


 心の中で独り言ちる。


 配信を意識するのは、ずいぶん前に止めた。いや、本当はそれほど時間はたっていないのかもしれない。


「だあっ! 〈ファイアアロー〉!」


 オーガやサイクロプスにだって有効な〈ファイアアロー〉は、ソイツの腕の一振りで霧散した。


 隙をついて突進してくるソイツをなんとか剣で受け止める。


(失敗した!)


 すでにHPは危険域だ。


 HPが無くなれば、この身を守る物は何もない。


(失敗した!)


 どこか気の緩みがあったのだろうか。いや違う、そんなことはどうでもいい。目の前の敵に集中しろと、必死に自分を鼓舞する。


(負けられない!)


「やあぁっ! 負けないっ! ――あっ」


 気力を振り絞った一閃は渾身の一撃だった。それは容易く弾かれて、剣は半ばからその身を屈した。


「ぐっ! ごほっ、ごほっ」


 呆けたのも一瞬、なんとか短くなった刀身で一撃を防いだ。けれど、ここまで。


 壁際まで吹き飛ばされ、詰まる呼吸をなんとか整える。


 HPはもう1桁しかない。


(ああ、失敗した……)



    ◇    ◇    ◇



「どうもー、こんにちはー、ミミミでーす」


 ――ミミミちゃんきたー!

 ――こんにちハハハ

 ――配信助かる

 ――今日もミミが立ってるねー


 私の名前は南未玖(みなみ みく)。『火剣のミミミ』というチャンネルで、ダンジョン配信をやっている冒険者だ。


 初めはそんなに一生懸命じゃなかった。でも、性格に合っていたんだろう。


 やればやるだけ上がっていくレベルに、段々と思い通りに動くようになる体。最初のスキルが〈属性魔法【火】〉だったのも良かった。


「今日は、〈巨人ダンジョン〉の25階層を目指してリベンジしますよ。1ヶ月間鍛えて、準備はばっちりです」


 ――リベンジか、これは期待

 ――25Fってソロでいけるもんなんか?

 ――前は23Fの途中までだっけ

 ――エリートオーガが鬼門、オーガだけにw

 ――おい、なんか寒いぞー


 Dギアに映るコメントを見ながらダンジョンを進んでいく。この辺りはオーガしか出てこないので、まだコメントを見る余裕がある。


「エリートオーガは魔法にもちょっと耐性があるからね。普通のとは違うよね普通のとは」


 ――言いながら通常種のオーガを燃やすのは草なんだ

 ――ミミミちゃんの魔法つっよ

 ――レベル上げればこんなことできるようになるんやな

 ――※が付くぞ、普通は無理だ


「うーん、そんなに難しくないと思うんだけどな。剣でやるならこう」


 ――いやこうて

 ――こうの一言の内に何回切ったのよ

 ――少なくとも3回は切ってる

 ――見える視聴者もたいがいや


 こつこつやれば、誰だってこれくらいはできるようになると思う。私だって最初からできたわけじゃない。最初は〈剣術〉スキルすらなかったし。


 順調に進んで21階層への階段が見えた。階層ボスはいないみたい。


「ラッキー。中ボスはいないみたい。今のうちに通り過ぎちゃいましょう」


 ――運が向いてるのかも

 ――ソロで25Fいったら、公式では初か?

 ――幸先良いねー

 ――ここで中ボス狩ってる人がいる事実に震える

 ――ベテランパーティーなら狩れるやろね

 ――そういえばミミミちゃんはパーティー組まないの?


「う゛えっ」


 パーティー。それは私には禁句だ。というのも、


 ――おっ、ミミミちゃん配信初心者か?

 ――ミミミちゃんはな、パーティーを組むとやばいんだぞ

 ――『火剣のミミミ』じゃなくて、『危険なミミミ』になるからなw


「もう、危険なミミミじゃないよ!」


 なぜかパーティーを組むと、魔法がパーティーメンバーの方へ行って、誤射してしまうのだ。これはもうそういう仕様と言うしかない。何度か直そうと試みたものの、全く改善の余地なし。


 前方にパーティーメンバーがいなければ誤射はしないが、戦闘がそんな都合の良い場面だけなわけない。


「パーティーの話はおしまい! ここからはちょっと集中するよ!」


 21階層からは、リーダーオーガとサイクロプスが出現する。どちらの相手も練習をしているが、油断できる相手ではない。


 ――サイクロプスってこんなに弱かったんだぁ……

 ――強さランク10やぞ、弱いわけない

 ――弱点は目→わかる。一撃で目をつぶす→わからない

 ――いうて魔法耐性低いわけでもないからな


「よーし、体もあったまってきた! ずんずん進むよー!」


 ――がんばえー

 ――気を付けてね

 ――応援してるぞー!


 ダンジョン攻略は順調に進み、23階層への階段まで来た。以前より、体力的にも精神的にも余裕がある。


「ようやく23階層です。ここからが本番ですね」


 ――鬼門のエリートオーガやなw

 ――実際まーじで強いからな

 ――どうやって倒すつもりなんだろう?


「エリートオーガには秘策があるんですよ秘策が。それは出会った時の楽しみにしておいてください」


 階段で少し休憩し、23階層へと進んだ。そこでソイツが現れた。


 ――イレギュラーだ、逃げろ!

 ――階段を超えて追ってくるぞ!

 ――手動で緊急信号だせるはずや

 ――こんな階層に来てくれるのか?

 ――いいから逃げろ!


 手も足も出ないとはこのことか。


「ぐっ! ごほっ、ごほっ」


 自分の力を過信して、逃げる判断が遅れた。すぐに撤退すれば、こうはならなかったかも。


 HPがあるうちは、攻撃をくらっても少しあざになったり血がにじむ程度。でもHPが無くなれば、それは私の命の終わりを意味する。


 霞む目を必死に開き、近寄ってくるソイツを見つめる。私の冒険者としての最後の意地だ。


 そうして最後の瞬間を待つ私の目の前に、青白く輝く狐が現れた。その狐は、まるで私をかばうかのようにソイツを威嚇している。


 この狐は何なのか。私とソイツの胸中は、おそらく一致していた。でもそんな疑問は意味がなかった。狐よりももっと重要なことは他にあったんだ。


 何もなかった空間に突如現れた女性の声はひどく優しく――、


「そこな娘よ。手助けが必要かえ?」


 その女性の頭には狐耳がピンと立ち、背後には一抱えもある尻尾がふわりと揺れていた。

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