第4話 受験するなら尻尾隠して
「んぎぎぎぎ! んぬー!!」
時は過ぎて、3月下旬。冒険者協会の行う学科試験対策はバッチリだ。すでに4月の試験に登録は済ませてある。
「いけるはず! いけるー! ふーー!!」
今私が何をしているかというと、狐耳と尻尾をなんとかしようとしている。たぶんなんとかなる。そんな気はしている。
だいたい3月の中旬くらいになって、試験勉強がひと段落ついたころ、狐耳と尻尾の存在を思い出したんだ。「耳と尻尾丸出しで実技試験って難しくない?」って。
だから今、何とかしようとしている。
感覚的には、こう、ギュッとしてシュイーンって感じ。いや、ギュギュッとしてシャーかな?
試験の日まで、あと1週間もない。もしダメだったら……、最悪コスプレですって乗り切るしかないと思う。乗り切れるかな?
「ぷはーっ。ダメだぁ」
一度力を抜いて休憩をする。もうちょっとで何かが掴めそうな気配はあるんだけど、そのちょっとが遠い。
「気分転換に〈変身〉スキルの練習でもしようかな」
私が転生するときにもらったスキル、〈変身〉、〈火魔法〉、〈狐火魔法〉、〈鉄扇術〉、〈呪符〉のうち、〈変身〉と〈鉄扇術〉だけは少し練習している。
他のスキルはまだ発動すら試していない。マンションの一室でやるにはちょっと危ない感じがするしね。
「よし、じゃあ変身から。変身!」
淡い光が体を包んだ瞬間、視線がぐぐっと高くなった。変身の掛け声はいらないんだけど雰囲気でね。
「変身できたのう」
少し低めの声が出た。口調は、玉藻の前ロールプレイを意識して、普段とは変えてある。こういう積み重ねが、ロールプレイの説得力になるのだ。
姿見に映る服装は、普段着のパーカーから、少し甘ロリ系の巫女服へと変わっている。ちなみにボトムスは袴ではなくスカートで、丈は膝上5㎝。袴派の人は諦めてね。
あとは小物としてヘッドドレスを装備している。これも甘ロリ系っぽさを高めている要因かな。
「うむうむ。やはりこの姿はいつみてもいいものじゃ」
自分の好みをぶち込んだ玉藻の前フォルムは、やはり良い。いつまでも見ていられる。
「どれ、少し鉄扇も使ってみるか。ほい」
すっと右手を左肩の位置に構えると、手の中には、ズシリとした重さを感じる鉄扇が現れた。
これも転生時にもらった〈鉄扇術〉スキルの恩恵のようで、初期装備というべき武器がおまけで付いてくる。さらに出し入れ自由だ。
ヒュンヒュンと体を馴染ませるように鉄扇を振り回す。どう動けばいいかは、スキルが自然と教えてくれる。
扇を閉じて殴打、扇を開いて斬撃。舞うように鉄扇を振り回し、右手で、左手で、滑るように持ち替えながら連撃を放つ。
「ふう。こうも体が動くと、実に気持ちが良いのう」
獣人としての身体能力もあるのだろう。関節の可動域がとても広く、思い通りに体が動く。それが実に気持ち良い。
そんなに運動が好きでもなかったはずなのに、転生してからは体を動かさないとうずうずしてしまう。
「こんなものか。どれ、今なら耳と尻尾を仕舞うのもできそうな気がするのう」
鉄扇を振り回して上がったテンションのまま、一般フォルムに戻って耳と尻尾を何とかしてみる。
「ほい!」
ポン!と耳と尻尾が消え失せて、何ともあっけなく何とかなった。
「おお! ギュギュッとじゃなくて、ギュギュワンっとだったのか!」
一度成功すれば、あれほど手こずっていたのが嘘のようで、耳と尻尾は自由に出し入れができるようになった。
一応言っておくと、獣人にはケモミミ(獣の耳)の他にヒトミミ(人間の耳)もちゃんとある。だからケモミミを仕舞っても問題はない。
もっと言うと、ケモミミの方は穴が開いているわけではなく、一見するとただの飾りのような感じになっている。それでもちゃんとケモミミで音が聞こえて居るんだけどね。
「ふぅ、何となってよかった。コスプレして試験を受けに来るイタイ子にならなくてすんだよ」
今の時代、何でもすぐSNSなんかで拡散される。狐耳に尻尾を付けた冒険者なんて絶対に注目の的になる。
そうすると、ミステリアスな玉藻の前ロールプレイにも支障が出てしまう。だって同じ狐耳に尻尾だよ? 関連性を疑われるに決まってるよ。
そういう意味では、この世界で生きていくうえで、生活費をどうやって稼ごうかと困っていた時と同じくらいのピンチ――、というかハードルだったのかも。
「部屋でも出しっぱなしでもいいかな……、と思ったけど、慣れるために試験までは尻尾断ちしよう。最後にひと吸い」
尻尾を抱えて狐吸いをしてから、断腸の思いで耳と尻尾を仕舞いこんだ。
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