誰かの為に作る事
やり切った充実感はあったが、逆にする事が無くなって、手持ち無沙汰というか、少し寂しく感じていた。
まだタキシード自体は出来上がっていないので、仕立て部屋は、まだまだ緊張感が高まったままだ、邪魔になる僕はそっと部屋から出た。
あと少しで、ここの場所から去る日が来るのだと思うと、みんなやアルさんとの別れを考え始めてしまい、つい涙ぐみそうになる。
落ち着かない僕は、ぼんやりと過ごす事は出来なくなり、何かをしなくては…と焦る。
僕は、自分に出来そうな仕事を探す事にして、建物の中を歩いていてみた。よく見ると、室内のカーテンのほつれ等、僕でも直せそうな場所が見つかった。
最後にというか、僕に出来る事と言えば、もちろん裁縫しかないので。
サーアと仲良くなるきっかけも、カーテンの修繕だった。
ちょっと前の事なのに、既に懐かしく感じるのが不思議だった。
それだけ、ここでの生活が馴染んで来たのだろう。僕は、片っ端から、カーテンの修理を始めた。
作業の手が早い僕は、あっという間に終わってしまった…
他に何か無いかと…考えながら、自分の首元に手をやると、レースが指に触れた。
そうだ、レース…
レースに刺繍をして、お世話になった女性達にプレゼントしよう。
僕は、少しウキウキしながら、自室に戻った。
レースも糸も、家から持ってきた物があるし、これは僕の得意分野だ。
首に巻いているのは、姉上が、頑張って作ってくれた物で、とても大切にしている。今では身体に馴染んでいる。男なのにレース?と思うけど、僕の喉仏を隠してくれるコレは大事なアイテム。
人から贈られる物って何であれ嬉しいよな。
1つレースを手に取る度に、相手の顔を思い浮かべた。
今までは、身も知らない相手への商品となるので、作業をするのは、自分との闘いとなり、他の気持ちは無かったけど、作る相手が分かるとやりがいが増す事が分かった。
似合いそうな色の糸を選び、自分なりのデザインを考え、小花を散らしてみたり、飾り模様を入れてみたり。
一針一針を丁寧に縫っていった。
あっという間に夜が来ていて、まずはハンナさんとサーアの分、2本だけが出来上がった。今日は、ここまでかな。暗くなると、上手く刺せないし。
他にも、名前は知らないけど、初めに僕を部屋まで送り届けてくれた人や、分からない生活のアドバイスをくれた人、ご飯の時に、話しかけてくれた人。
もちろん、エマさんの分も。
ここに来て、思っていたよりも沢山の人と関わった気がする。
話さないで済むから楽だと考えていたけど、喋らない事は相手に伝えたくても伝わらないもどかしさや、逆に、それを楽しんでくれる人も居る面白さなど、家に居ては知れない事を知って、僕の世界は、ほんの少しだけ広くなったと思う。
アルさんとの出会いは、また別の新しい感情を開いてしまいそうだけど、それがはっきりと分かる前には別れが来ると思う。
僕は、そんな事をツラツラと考えながら、晩御飯を食べに広間へ向かった。
途中サーアに会い、仲良く並んで歩く。さっき作ったレースを思い浮かべ、絶対似合うと確信した。
首に巻いても良いし、髪に巻いても使えるし、とても華やかになると思う。
自己満足かもしれないけど、少しでも喜んで貰えたら…嬉しいな。
「何?リュカ…なんかニヤニヤしてない?」
僕は、ううんと首を横に振った。しまった、顔に出てたんだ。
気をつけよう…僕は、結構表情に出てしまうらしいから。
明日は誰の分を作ろうかな。
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