アルさん…キザ
晴れたので、今日は庭に出てみる。
バスケットには、絹布から今度はレースと多色な刺繍糸へと入れ変えて。
アルさん…居るかな。
居た居た。
座ってスっと前を向いてる姿を眺めた。
長い脚を組み座る姿は、やはりどこか気品が漂い、ただの庭なのに、アルさんが居るそこだけが、教会で見た美麗な神の壁画のようだった。
なんでこんな人が僕の事、好きなんだろうな…不思議で仕方ない。
そして、その気持ちが、簡単ではなく遊ばれているとかじゃない、真剣なのが分かっているだけ…辛い。
答えられないし、むしろ、遊びなら張り飛ばしてしまえるから、良かったのにって思うくらい。
僕の足音に気付いて、こちらを見る。
無かった表情が、爽やかな笑顔になると、また一段と美しさが増す。
太陽の光を浴びて後光が差してるみたい。キラキラと眩しい…本当に。
「リュカ!久しぶりに会えた。今日も会えなかったら、我慢出来ずに部屋に行こうか迷ってたよ」
それは困る…頻繁に来られては、誰に見られ咎められるか分からない。
会えて良かった…色んな意味で。
「ちょっと仕事が最後の仕上げに入って忙しくて…」
小さな声で言う。
警戒心は怠らない。
そうかな…と思って、我慢したんだよ?と言われると、何ともムズ痒い気持ちになってくる。
アルさんは、結構キザだと思う…それが凄く似合ってるんだけど…
「あー、キザだなとか思ってるだろ?違うから、リュカにだけだから」
慌てた様子も無くサラッと言ってくる辺り、どうだかな。
「その台詞もキザだよ」
ボソッと言う僕
「リュカって結構、口悪いよね」
嫌われたな…僕は、喋れない方が良かったかもな。
こんな僕を知って、いっそ嫌いになってくれたらな…凄く寂しいけど、その方が良いんだよね、僕らに取っては。
僕には、アルさんみたいに完璧な人に、好きになって貰えるような良さは無いし、価値も無いよ。
こんな逢瀬や、やり取りは…間違ってる…というか、アルさんの為にならない。
「リュカ!違うよ!声が聞けて嬉しいし、リュカの言葉はキツイけど優しいから」
あと、少し癖になりそうなんだよな…と最後に聞こえた。
ダメだ…この人…男前なのに、趣味がちょっと変わってる。
アルさんは、僕の表情を読むのが上手い、読みやすいのもあるだろうけど、そもそも人の感情を敏感に感じ取れるのかもしれない…それって、結構大変だよな。
言われなくても、読み取れてしまう。
良い事も悪い事も。
そう思うと、少し構いたくなって…
アルさんの頭を、よしよしと撫でてみた。小さな子供にやるみたいに。
触れた髪は、ものすごく柔らかで手触りが良かった。雨に濡れてた時は分からなかったけど、凄く艶があって、ずっと触っていたくなるような…
「リュカ、それはそれで、ちょっと…拷問」
失礼だっただろうか、パッと手を離す。
その手を捕まれて、歪んだ表情で言われる。
「好きな人に触れられないのに…触られるのは、色々と我慢を強いられるんだよ…本当は、今すぐ抱きしめたいのに、外はダメだろ?」
なるほど、そういう事か…なんて、冷静になんか受け取れない。
茹で上がったばかりのパスタみたいな湯気が、僕の頭のてっぺんから上がってるんじゃないかと…
僕は、見事なまでに真っ赤だよね、耳まで。
なんだか、恋人同士みたいな会話や態度に、僕は…上手く対応出来ない。
恥ずかしいし、それに…僕の中の気持ちは、大きくならないように、必死にストップをかけているのに…それなのに、アルさんは簡単に増幅させてくる。
手を引かれた僕は、クラクラする頭で、ちょこんと椅子に座った。
「そんな困った顔しないで」
苦く笑うと手を離してくれた。
なんとか気持ちを切り替え、煌びやかなレースを取り出す。
「あれ?仕事終わったんじゃ無かったのかい?」
「これは…お世話になった人に…ちょっと…まぁ」
もごもご言ってると、クスッと笑われ、優しいね…なんて言われる。
だから、やめて…その甘いヤツ。
黙々と針と手を動かす僕の横で、その作業をジッと見てる。
時折、視線は手元ではなく…僕の顔の方に感じたけど、それはなるべく考えないようにして…
こういう時間が過ごせるのも、あと少しで…無くなってしまう。
アルさんとの時間に、僕がどれだけ癒されたかは、分からない。
彼にも御礼がしたいけど…
何を贈ったら良いのか分からない。
流石にレースを贈るワケにはいかないから。
聞いてみようか…高価な物じゃ無ければ…と言っても、ここに居る間、門から外へ出た事は無いし、出て良いのかも知らない。
それでも一応…
「アルさん、欲しいものありますか?」
「急だな…うーん、あるよ」
「高価な物ですか?」
「そうだな…お金では換算できない価値がある」
こりゃ無理だな…諦めよ。
「リュカ…だよ、リュカの心が欲しい」
それは…安いけど、おいそれと贈呈出来る物では無い。
僕次第なプレゼント。
そして、それをあげる気は…無くて。
アルさんとの未来とか、感情とかは、諦める方向で、一生懸命に閉じてる心。
彼は、まだまだ僕が此処に居るだろうと思っているみたいだけど…
多分、王宮宛の父上からの書状が、そろそろ届く頃だし…
僕はもうすぐ家に帰るんだよ?
言いたいけど言えない。
僕が去れば…最初は悲しいかもしれないけど、大丈夫、そのうち忘れちゃうと思うよ、そんな存在だよ、僕は。
またあの家に帰って、黙々と刺繍する日々を思うと、懐かしいけど…ここでの暮らしは、思ったより楽しくて、去ることを寂しく感じてて…それにも蓋をしてる。
だって、長く居れば…絶対に男だとバレる日は必ず来る。
ずっと隠し通せないし、ボロはいつか出るだろう。
そう、僕は…帰るしかないんだよ…アルさん、ごめん。
心の中で、何度も謝った。
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