完成した、僕の仕事

アルさんとは、会話が出来るようになったが、いつ誰が聞いてるか、分からないから…

2人きりの時、本当に誰も居ないときだけ…とお願いした。


「なんか、秘密めいてて、それはそれで良いな…リュカ独占みたいな」

余裕そうな笑顔に、アルさんの心の広さを感じた。


「まぁ、リュカの心配事に関しては…いずれ大丈夫な時が来るから」

ちょっと良く分からない事を言われた。

僕は、実は…3ヶ月でここを去る計画は話していない。

式典が無事に終われば、アルさんとは、その時が来たら…

悲しいけど、お別れだと思っていて。

男同士の恋愛は、まず有り得ないし、しかも、僕みたいなお針子の地位は低い…騎士のアルさんとは、天地の差がある。

階級違いの恋愛なんて、ただの遊びにしかならない…それが普通、ましてや男同士なんて異常でしかない。


だから、アルさんもそのつもりなんだろうと思っている…

そう考えると、チクリと胸が傷んだけど、仕方ない…そういうもんだ。

高貴な騎士のアルさんからしたら、僕みたいな、男か女か不明みたいな変わった人間が珍しかっただけで…

僕を好きな気持ちを悩んでくれたみたいなのは、凄く嬉しかったけど、僕達に未来は無い。


なので、あと1ヶ月…

仕事が仕上がるまで、アルさんとの時間は、記憶に焼き付けたいと思った。

一生の大切な思い出になるだろう。


変わらず、晴れた日は庭で。

今日は、珍しく…アルさんよりも僕が、早かった。

約束してるわけでは無いから、来ない事も有り得る。

それでも、木の椅子に座り…

僕は仕事に取り掛かった。


どこからともなく…香ばしくて甘い香り。

「今日もご苦労さま」

アルさんが、手に湯気の上がる何かを持ってきた。

はい。と渡され…

その温かそうで…美味しそうな物体を口に含む。

噛むと雲みたいにフワッとして、鼻腔をバターの香りが駆け上がる、最後に蜂蜜が生地の間からジュワっと出てくる。

何これ?ナニコレーーー!

めっちゃ美味しい…食べた事無い。

感動に震えなががら、パクパクと食べる


「美味しい?ちょっと頼んで作って貰ったんだ」

アルさんは、パン屋さんの知り合いでも居るのかな。

持ってきてくれるパンは、僕の家の近所のパン屋とは、格段に違う…

材料からして違う気がする。

街の事は、そんなに詳しく無いけど…こんな美味しいパンを提供してるパン屋があるなら、家族にも食べさせたい。


「また、このパン屋さんの場所教えてください」

小声で言う。

「なんで小声?」

クスクスと笑いながら聞いてくる。

だって…誰が聞いてるか分からないし。

それに、ずっと話さないのが当たり前になってたから、何となく恥ずかしい。

と、ボソッと言うと。


「本当に可愛すぎるんだけど…良いよ、喋らなくても。リュカの表情を読み取るのも楽しいから」

アルさんって、僕に甘いと思う…大体の事は、良いよって言う。

もしくは、誰にでも優しい人かもしれない。

パン屋については、また教えてあげる…とお預けされた。


「俺はね、猫好きなんだ」

突然の猫好き宣言…

続きを聞いてみると、どうやら、僕は猫っぽいらしい。

普段はツンとしてて、すぐにプイッとどこかへ行ってしまう。そのくせ、美味しい匂いには釣られて、寄ってくる。

普段は、どこに居るのか所在不明なのに、悲しんでる時は、そっと寄り添ってくれる。

前半は、大当たりだと思う。

後半に関しては、言われた事にそうですね…とは言えない。


「はぁ…どうも」

としか答えられなかった。

「だから…リュカの事が、好きなんだって…伝わった?」

グイッと顔が近付き、近距離で、麗しいご尊顔を見てしまう。

結構、彼は分かってやってると思う。

綺麗な容姿を最大限に有効活用して、僕を惑わせる。


ついでに手も握られた。

「ごめん、今日はここまで…」

僕の手の甲にキスを落とされる。

僕は慌てて、辺りを見回した。

「大丈夫…誰も居ないよ。本当は、唇に落としたかったけどね」


アルさんは去って行った。

食べかけのパンを再び頬張りながら思う、アルさんから次々に受ける甘い攻撃に…僕はどこまで耐えれるのかな。


そこへ、サーアが、やってきた。

今のが見られて無かっただろうな…

一瞬心配になって、ドキドキした。

「リュカ〜居た居た!探したんだよぉ!あれ?何食べてるの?」

良かった。見られて無かったみたいだ。

僕はホッとしながら、自分が、かじっていない方をちぎり、差し出す。

笑顔満面で受け取るサーア

「美味しい!」

目を見開き感嘆しながら、咀嚼している。

そうだろう、そうだろう。

僕もそうだったから。


「そうそう、1ヶ月後の式典に着るドレス選びに行こうよ」

え、参列するの?

僕は、下々の者は、出ないのだと思っていたから。

サーアの説明によると、今回は特別だから、僕達みたいな、下っ端も参列するらしい。

一応、ドレスが用意されてて、早い者勝ちなんだと。

僕は、興味が無かったので、残りのドレスで良いと思ったけど、目を輝かせているサーアに、僕は行かないと伝えれるような雰囲気では無かった。


「貴方達2人って、顔も雰囲気は違うけど、まるで姉妹ね…」

ドレス係の女性から言われた。

姉妹みたいなんて言われ、男なんだけど…とは思いながらも、かなり嬉しかった。

ほとんど初めての友達だから。

家に篭ってた僕には、友達は居なかった。遊ぶ相手はいつも2人の兄と姉で、それも成長とともに無くなり…僕は益々、刺繍へと熱中する事になったのだけど。


サーアは、薄いピンク色のドレスを手に取り…もう既に決めてしまったようだ、決断の早い事

「リュカは、背中の傷が見えないのが良いよね」

と言うサーアの一言で思い出した。

そうだ、僕、背中に傷がある事にしてたんだ。

僕は、とにかく背中の開いていないデザインのドレスを探した。

華やかな物が多いので、無論…背中も、なんなら胸元も大きく開いている物が多い。 確かに、綺麗に見えるのだろうが、僕にとっては最悪なデザイン。

胸も綿を詰めて、あるように見せつつ、上から覗かれてはバレるので隠さないといけないし。


やっと一着。首元まで詰んである、スッキリとしたドレスを見つけた。

色は…白。色の選択肢も一択。

僕はサーアに見てもらう。

「リュカ、絶対似合う!色も白い貴方には、この白いドレスばっちりよ!」

男の僕が、白いドレスが似合うって…どうかなとは思ったけど…

とりあえず決まって良かった。


式典までの日が着々と近づいているのがヒシヒシと伝わってきていた。

なんとなく、落ち着かない空気が漂い、特に仕立て部屋は、ピリピリしていた。

それもそのはず、一刻も早く刺繍を完成させないと、服の仕立てに入れない。

あと、数日で出来上がるのだけど…

エマさんからも急かされた。

僕は、晴れた日だと言うのに、庭に行く事もなく、黙々と皆んなと一緒に縫っていた。

これが、凄く一体感があった。目標に向かって、皆んなで作業する…いつもなら、狭い部屋で息が詰まる思いで、外に出ていたのに。

最後の追い上げ集中する皆んなの姿は、凛々しいと思った。

そして、エマさんの縫う手元も、見せて貰って、これがとても参考になった。

その角度で針を落とすとか!とか、糸を引っ張る強さ、ひと針の速度、自己流でしかなかった僕の刺繍は、少し上達したのでは無いかと思う。

技術は、見ても盗めといわんばかりに、何も説明はしてくれなかったが、横でじーっと見られて、煩わしいだろうに…あっちに行けとも言わず、その技を見せてくれたエマさん。

感謝の気持ちでいっぱいだった。


ついに…僕の請け負っていた、タキシードの裾、テール部の刺繍が完成した。

撫でてみる…平らな布の上に出来上がった模様を指でなぞる、達成感を味わう。

均一に刺せてると思うけど、最後のチェックをしてもらう為に、エマさんの所へ持っていく。

真剣な表情でエマさんが見ている…表も裏も…何度もひっくり返しながら、細かな所まで見られている。

目の前で待っている間の時間は、異様に長く感じ、緊張でじんわりと汗が出てきた。


「裏も表も糸端は出てないし、完璧よ…リュカ、良くやったわ…お疲れ様」

初めてのエマさんの笑顔を見て、僕は…何か…胸の奥から溢れる物が止められずに、泣き出してしまった。

「リュカ。貴方、意外と泣き虫なのね」

困ったように笑うエマさんは、僕の肩をポンと叩いてくれ、泣き止まない僕の背中を撫でてくれた。


「本当に頑張ったわね」

とどめの言葉に、僕の涙はしばらく止まらなかった。


ついに、僕の仕事は、終わった…

式典までは、約3週間。



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