再び庭へ

アルさんが居た。


木の椅子は木陰にあるから、近付かないと人の気配は分からない。

その事にほんの少しだけ安心する。

庭に出た瞬間に見えるわけじゃないから、誰かにすぐ見られてしまう心配は無いけど…

それでも、どこか、イケナイ事をしている気になる。


近付くと難しい顔をしていたアルさんは笑顔になって

「良かった…やっぱり、来てくれないんじゃないかと思ったから」

そんな事を言われてしまうと…

行くのを迷って、直前までやっぱりやめようかと思っていたのを見透かされたみたいで。


僕は出てくる前も、黒板に書いては消して書いては消して。

会えない理由を連ねてみたり、色々書いてみたが、結局、アルさんは新入りの僕を、ただ心配してくれてるだけであって、他の気持ちは無いと思うから、変な事を書いて、恥をかくのも嫌で…

結局、何も書かず…黒板も置いてきた。


「ほら、座って」

トントンと、手で隣を叩く。

僕は、再び…アルさんとの憩いの時間を持つ事になった。

前はたまにだったパンの差し入れは、晴れて会う度になり、良く考えたら、買ってきてくれてるんじゃないかと思い至り…

申し訳ない気持ちになってくる。

それが伝わったのだろうか

「お金とか気にしないよ?貰い物だから」

本当かなぁ?と思うけど、美味しいので結局は頬張って食べてしまう。

それにしても、アルさんは、僕の気持ちを表情から汲み取るのが上手だ。

会話も無く、動作と表情のみのやり取りなのに、割と伝わってて。


「食べてる時は幸せそうだな」

あー、もしくは、僕の表情が読みやすいだけかもしれない。

ハンナさんからも言われたもんな。


少しだけ…たぶん時間にすると15分程度なので、休憩時間に来てるのかもしれない…と思う。

毎回鳶の鳴き声で、チッとか舌打ちしながら去っていくから。

僕の方が後から行くので、いつから椅子に座っているのかは…分からない。

本当は早く行きたい気持ちもあるけど、でも、あんまり早く行くのは、エマさんからとがめられそうなので、僕も、仕立て部屋の雰囲気を見て、頃合いを図って外へ出ている。


まぁ、長く一緒に居ると、誰かに見られてしまう可能性もあるので…これで良い。

というか、何でそんなコソコソしなくてはいけないのか…とも思ったけど。

見た目は男女であるから、仕方ないのかなぁ。


アルさんは、僕の刺繍を眺めたり、パンをモグモグと食べるのを満足気に見ていたり、ぼんやり空を見上げたりしてるだけで…何かあるわけじゃないんだけどな…

喋れない僕との会話は出来無いから、アルさんが自分の事を話す事も、僕から質問する事も無い。

アルさんが話すのは、僕を心配する声掛けと、笑い声くらいで。

何となく、一時を一緒に居るだけ。

僕らは、お互いの休憩場所が同じなだけだよなぁ…と結論付けた。



その日…僕は、仕立て部屋から、昼食へと向かっていた。

「どうしよう…」

カーテンを握りしめ、青ざめている女の子がいた。

僕は何となく気になって…

チョンチョンと肩をつつく。

「え、あ?貴方は…?」

僕は、針だけを取り出し、縫う真似をして、名刺代わりの動作をする。

何となく伝わったみたいだ。

で、どうしたの?って感じで首を傾ける。

「ここ…カーテンの。糸端が飛び出ていたので気になって、引っ張ったら!飾りが、取れてしまって!」

なるほど、途中で切れた糸を取ってしまった訳だな…

大丈夫だよ。って意味で笑うと

「笑わないでーーー凄く困ってるの!」

僕の気持ちが、全く伝わって無かった。

これは、行動で示すしかない。

僕は、カーテンに残っている糸に針を通すと、彼女の持っている飾りを奪う。

えっ?って声がしたけど、お構い無しに、縫い始めた。

やっと僕の意図が伝わったのだろう…真剣な眼差しで、僕の手元を見ている。


出来た!なんなら、元の縫い目より綺麗かもしれない。

針をしまうと、彼女にカーテンと飾りがキッチリと付いた場所を見せた。

「貴方、天才じゃない!?ありがとう!本当にありがとう!」

2度も御礼を言われた。

ついでに名前も教えてくれた。

彼女は掃除婦で、サーアと名乗った。

喋れない新人お針子の僕の事は、どうやら知ってるみたいで…

さすが、こういう所では、異質な存在の噂話はすぐに駆け巡るのだろう。

「貴方は、お針子のリュカね?」

話が早くて助かった。


「これからお昼よね?一緒に行きましょ」

さっきの青ざめた顔から一転、にこやかな表情になった彼女は、僕の手を取った。


横に座ると、サーアは

「私の掃除する姿をじっと見てた事あるわよね?」

そういえば、この間…ものすごい速さで至る所を綺麗にしていく掃除婦を眺めたが、それが、今横に座るサーアだったのか…

僕は、ホウキを左右にする仕草の後、パチパチと拍手をした。


「え、あれが凄いと思ったの?あの時、なに見てんだろ?と怪訝な顔してごめんね」

うんうんと頷いた。

「なんか、嬉しい」

ニコッと可愛い笑顔だった。

ご機嫌なサーアは、僕が喋れないのに、臆する事無く、どんどん自分の言いたい事をいい、僕のYESとNOの反応をケラケラと笑う。

とても明るい女の子だった。


サーアとは、それから一緒に食事を取る事が増え、その度に、彼女はここでの事を色々教えてくれる。

気をつけた方が良い事とか、ここでの暮らしについての細々とした事を。

時に、掃除婦仲間の女性が数人加わる事があったが、明るいサーアが僕を紹介してくれるので、何となくそこに居ても拒絶される事は無くて、僕は、少しだけ…

王宮というか、この別棟での暮らしに馴染んで来たみたいで嬉しかった。


宮殿は、少し階段を上がった囲いの向こうなので、足を踏み入れた事は無い…

サーアも、そこは年に一度しか行けないと言っていたので、格式が違うのだろう。

まだまだ知らない事は多いだろうが、3ヶ月で退散する僕には、僕の周りの生活が分かれば十分だった。


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