抱きしめ…られた
只今、絶賛エマさんよりお説教受けてます。
ええ、もちろん僕が悪いのでしょう。
昨日、バードに連れられて見に行った剣術稽古。どうやらこれが、ダメだったらしい。
男ばかりの…しかも、血気盛んで若く逞しい…そんな、野獣ばりの男性群の中に、年頃の女性がみだりに行くのもでは無いと。
ごもっともかつ、まぁ、本当に僕の身を案じてくれてるのだろうが。
完全に右から左。
相手の言い分のみを聞いて、ただただ黙っているというのは、思った以上の苦痛を伴い、僕はイライラした。
なんなら、本当は男だから、そんな心配は要りません!と言いたくもなった。
そして、最後に付け加えられたのは、とにかく大人しく刺繍をしとけ!みたいな事で。
特にアルさんは、どうやら他の騎士とは一線を画した存在らしく、親しくなる事は禁ずるみたいな言い回しだった。
ハッキリとは、言われなかったが、近付くな的な。
やはり、少し身分が高いのか、もしくは、あの美貌だから、狙ってる女性が多いのか…
エマさんは、狙ってはいないのだろうが…高年に見えるが未婚なのか既婚なのかは、分からない。
15歳前後が女性の結婚適齢期だと聞いた事があるので、それより遥かに上だということだけ。
僕は17歳だけど…男ならまだ適齢期には早く…確か20歳過ぎた頃だったかな。
どちらにしても、僕には、結婚どころか、恋だの愛だのは分からないし、両親が適当にお嫁さんを連れてきてくれるんだろうな…位にしか思っていなかった。
誰かと恋愛して結婚をするなんて、本当にとても珍しいみたいで、ほとんどは、両親から結婚相手を紹介され、そのまま婚姻するという。
兄2人にもそろそろ相手を見つけなくてはなぁ…と父上が話してるのを聞いた事がある。
王宮での男女の恋愛事情については、知らないが、ここで何かの関係を持つとしても、一時の事で結婚までは至らないというのが普通なんだろう。
一時の火遊び的な?
だからこそ、女性の方が気をつけなくてはいけないのだろう、万が一にも妊娠でもすれば、困るのは女性だけ。
男性は、遊びのつもりだから…責任なんて取ってはくれない。
確かに…先日、侍女の女性が泣きながら他の侍女仲間に話してる姿を目にしたばかり。
現実を見てしまい、胸がギュッとつかまれるような気がして、僕は男で良かった…と思ったのも事実。
大人の世界は、結構どろどろしていて、怖いなぁ…っていうのも、ここに来てから僕は知った。
エマさんは、長い間ここのでの生活で、そういう女性の姿を何人も、見てきたのかもしれない。
聞いているうちに、やっとそれに気付いて…
僕は神妙な面持ちになったんだと思う。
すると、話はすんなり終わった。
僕は男だから、妊娠させられるということは無いけど、男だとバレて痛い目に逢うのは嫌だ。
誰かを好きになる自分は想像出来ないけど、力ずくで剥かれてしまう…なんて事は、少しだけ、想像出来て…ゾワリと悪寒がした。
女性に見られていて、立場が弱いというのは、自覚しなくてはいけない事だろう。
エマさんには、深くお辞儀をすると、退室した。
結論として、僕は…エマさんからの注意に従い、庭の木の椅子に行くのを辞める事にした。
アルさんとは、約束している訳では無いけど、晴れた日は、高確率でアルさんが座っていて、少しの時間だけど一緒にいる事が日常になっていたから。
どこで見られているか分からないし、何もないのに、咎められるのは嫌だったから。
パンが食べれないのは本当に本当に残念だけど…
多分、アルさんが持ってくるパンは、厨房のハンナさんのパンでは無く…もう少し高級な感じがしたから。
もう、食べれないのかぁ…熱々の、めちゃくちゃ美味しいパン…それだけは、本気で心残りだった。
アルさんに会えない事も、ほんの少しだけ…寂しいな…とは思ったけど、僕は行かないと決めた。
結局、晴れた日も仕立て部屋に篭って、みんなと一緒に作業する日々。
なんだか息が詰まるけど、僕は仕方ないと思う事にした。
満足そうにするエマさんとは対照的に、僕は精神的に凄く疲れていった。
1人での作業ならまだしも、数人が、部屋に篭もり、黙々と作業するのは、疲れるのだ。
僕は、昼食の後、少しだけ1人になりたくて、庭先の木々が茂る場所を散歩していた。
すると、その先に小さな湖を発見した。
こんな所があったなんて。
湖面に映る自分を見てみると、何となく疲れているように思えた。
風でゆらりと揺れる水面は、僕の顔を
そう思っていたら、水面に雫が垂れた。
僕は泣いているらしい…水面が揺れて顔がぶれて見えたのでは無く、僕の涙によって、滲んで見えただけ。
弱い自分を自覚して…本気で泣きたくなった。
ガサリと音がして、ハッとそちらを見る。
アルさんが立っていて…
この人はいつも、変なタイミングで現れるよなぁ…と思いながら、隠すように涙をギュッと拭く。
「泣いてるのか?どうした?」
僕は、ブルブルと首を横に振る。
さらに続けるアルさんは
「どうして、この頃、晴れた日に庭に来ないんだ?」
僕に問うてくる。
貴方と会うのは、何となく
「どこか体調でも悪いのか?しんどいのか?」
とにかく質問攻めだ。
あまりに心配そうにされるので、とりあえず、笑顔で、元気って感じのポーズを見せた。
そう、何でも無い事だ。
家族から初めて離れ、頼れる人が誰も居なくて、とにかく仕事に向かうだけの日々と、癒される事の無い自分を自分で可哀想だと思ってるだけ。
自立出来てなくて情けないだけ。
「でも、目が腫れてるぞ」
アルさんは僕の頬に手を添え、さっきまで湿っていた目端を親指でそっと撫でる。
思わずビクリとし、心臓がバクンと跳ねた。
優しい言葉と表情に…
一粒零れた涙は、二粒、三粒となり、最後に涙は溢れた。
ダメだ、泣いてはイケナイ…と思えば思う程に、涙は止まらない。
兄上のようだと思いたいが、少しだけ違う感情が混ざっている違和感。
離れて欲しいのに、離れたくない。
そうか、僕、アルさんに会えない日々が、結構こたえてたんだ…と、今気付いた。
篭って刺繍するのが辛いんじゃなくて、アルさんに会えない事が辛かったんだ…
会えて嬉しいんだ…と。突然自覚してしまった。
なんだか、禁忌を犯してしまったみたいな感覚に駆られる。
会ってはならない人に会ってしまい、しかも、
頬に添えられた手に、自分の手を自然と重ねてしまった、触れてしまった…と思った時には遅くて、次の瞬間には僕はアルさんの腕の中に居た。
抱きしめられてしまった。
あー、ダメだ。
こんな事になるのは一番避けたかったのに。
でも、暖かい腕の中は心地よくて、ものすごい癒されていく自分がいた。
どのくらいそうしていたのだろう。
僕は急に現実を思い出し、ぐいとアルさんの胸を押した。
口をパクパクと動かし
[ごめんなさい]
と伝えてみる。自分の顔が真っ赤になってる事は分かっている。
「いや、こっちこそ…悪い」
後ろ頭をかきながら言うアルさんは、続けて口を開く。
「声も出せないリュカに…本当に悪い事をした…嫌いにならないで欲しい」
慰めてくれただけなのだろうに、そんな風に言われて、こっちの方が申し訳なくなる。
アルさんの立場からすると、僕みたいな下っ端に少々手を付けたからって、咎められ無いだろうに。
真摯的なその態度に、僕は手を顔の前で振って、とんでもないです。
と伝えてみた。
途端、ホッとしたようなアルさんは、男の僕でもドキドキするような麗しい笑顔を魅せてくる。
ちょっと座ろうと言われ、草の上に座る。
「リュカ、俺は君の事がどうも気になってしまう…頼むから、また晴れた日には、会いたいんだ」
告白みたいな言い回しに、どう答えたらいいのか分からない。
それに、僕は…男だよ?
アルさんの切なる表情に、僕はうなづいた。
そう、うなづいてしまった…のだ。
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