どちら様ですか?

ホッと胸を撫でおろし、僕は助けてくれた目の前の男を見た。


夜でも輝いて見えるような美しく長めの銀髪に、僕の憧れるガッシリとした体躯、ちょっと見た事無いくらい顔立ちの整った男で、何より月灯かりに照らされた瞳は、深みのある青藍色…

まるで夜明け前の空の色だなぁ…と思っていると…静かに響く声で話しかけられる。


「大丈夫か?」

僕はコックリと頷き、口に指でバツをし、手を前に出し左右に振る。

「もしかして…口が聴けないの、か?」

頷き、さらに深くお辞儀をした…これは、御礼の意味を込めて。

「あー、いや、いい…酒癖の悪いヤツには、気をつけなさい」

少しキツめの注意を受ける。

そうか、女性として過ごすという事は、こういう事にも気を付けて過ごさないとイケナイのか…と、新たな発見だった。


「部屋まで送って行こう…あ、待てよ、男の俺が送って行くのは結局駄目だな…ちょっと待ってろ」

走って行く後ろ姿を見て初めて、彼が兵士の格好をしてる事に気付く、今は甲冑は着けて居ないが多分、騎士様なのだろう。


彼は、穏やかそうな女性を連れて来てくれた。

「君は、新しいお針子らしいな…来て早々に酷い目に遭って、ここが嫌にならなければ良いが…俺はアルだ。また何かあれば頼ってくれ」

笑顔で手を差し出してくれる。


普段の僕なら、なんか上級の人間が偉そうに、上からな感じがムカつく…とか思うのに、不思議と彼に対してはそれが無かった。

とても自然な事に感じられ、僕は、その逞しい手を、ふんわりと両手で掴み、そのまま深々とお辞儀した。


女性は僕を部屋まで送ってくれ、また明日ね…と扉から出ていった。

僕は、一気にドッと疲れが押し寄せ、ベッドにそのまま倒れ込み、朝まで起きる事は無かった。



朝、衣服を整え僕は身を引き締めた…

多分、自分が思っている以上に、僕はちゃんと女性に見えているのだろう…

昨日のような事があれば、3ヶ月待たずに逃げ帰らなくてはならない。

近寄るなオーラを身に纏い、仕事に没頭すれば良い。

ここで人間関係を築くつもりも無いから。


それなのに…


気合いを入れて扉を開くと…

目の前に居たのは、なんと昨日の美貌の騎士様。

壁を背に腕組みをし、俯いていて…

僕が出てくるのを待っていてくれた?

扉の開く音に気付いて、パッと顔を上げる。

美しい瞳と目が合った…


またもや眩しい笑顔で…

「おはよう、大丈夫か?寝れたかな?」

と心配して聞いてくれる。


なんでこんな事に…と戸惑いつつ、促されるままに付いて行くと。

アルさんは、僕をみんなに紹介して回るつもりのようだった…

言葉が話せないから、出来れば親切にしてあげてくれ…と言い添えてくれる。

バードと同じ行為なのに、何故か皆の反応は違うし、そもそも押し付けがましさが無かった。

僕は、サッサと3ヶ月で、皆の知らぬ間にここから、去りたいのに…印象を残したくないのに…と思ってるけど、これでは逆だ。


アルさんは皆んなの人望をかなり得ているのか…

「了解いたしました」

と丁寧な返事が返ってくる。

単純な僕は、騎士様は、偉いんだなぁ…と思った。


最後に、僕の仕事の場となる仕立て専用の部屋に案内された。

そこには、既に3人の女性と1人の男性。

「連れてきたぞ!」

皆が慌てて、こちらに来た。

わざわざすいません…と言い、騎士様の手を煩わせた僕には、冷たい視線が寄せられる。


「頑張ってな」

頭をポンポンと叩いて去っていった。

ぼんやりとそちらの方を見つめていると、叱責される。

「早くこちらへ、仕事を始めるわよ!」

一番年長者であろう女性から座るように言われる。エマと名乗った彼女は僕を作業台に座らせた。

窓の明かりの入り方が良くなく、あまり明るく無い室内で、ここで縫うのは難儀だなぁ…と思っていた。


裁断する場所に印を付けられた布が置かれている。

良かった、既に仕立て上がった服に刺繍を施すのは、難しいから。

刺繍した布を成型していくなら、万が一、僕が刺繍を失敗したとしても、もう一度、印付けをすればなんとかなる。

まぁ、腕前の分からない僕に、イキナリ重要な仕事が回って来るはずもないが。


「とりあえず、腕前を見たいから、この布に、王家伝統のこの図案を刺繍してみて、時間が無いから早くしてね」

真っ白なハンカチと、豪奢な金糸で刺繍が施されたハンカチを手渡された。


よし、腕の見せどころ来た!

舐めんなよ!僕は、他の事は一切ダメダメだが、刺繍だけは、そこらの職人に負けない。


勿体ないからと…金の糸では無く、薄い青空色の糸を渡される、これはこれで綺麗な色だった。

自分の手に馴染んだ刺繍針を取り出した。

そして僕は集中した。

周りの音は聞こえず、布だけに向かう。

ひと針、ひと針…見本と見比べ、完璧に目視模写する。

出来た…結構良い。


出来ました…と、思わず声を出しそうになって、ウッと止まる。

そうそう、ダメダメ…言葉を無くさないと。


スっと立ち上がり、エマさんの所へ持っていく。差し出すと

「え、もう出来たのかい?ちょっと見せて!縫い目は…へぇ、貴方…凄いじゃないの」

僕の手の速さと正確さに驚いてくれた。


ニヤけ顔をしそうなのを僕は必死で抑えた。でも、実は内心…めちゃくちゃ安堵していた。

ここで自分の腕が実は、役に立たない、大したこと無いとか、と言われたら…

完全にポキリと心は折れただろう…刺繍の技は、たった一つの心の支えだから。


安心したら…お腹が空いている事に気付いた…朝ごはんも抜いてるし、大食いの僕は…もう限界だった。

顔色が、悪くなっていたのか…エマさんから、休憩して良いと言われ、僕は外へ飛び出した。


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