王宮って…
父上と並んで歩きながら、何度も注意すべきことを反芻した。
手荷物は少なめが良いだろうという事で、必要最低限しか持って行かない、そもそも、いつも使ってる針さえあれば大丈夫。多分、糸はあちらで用意されるだろうし。
不安気にする父上を僕は逆に励ました。
もちろん不安なのは一緒だけど…
「任せてよ…何より、僕のお針子としての腕は確かだろ?」
臆病になりそうになる自分を奮い立たせ、虚勢を張った。
負けん気だけは強いのだ。
「確かに…リュカの刺繍をどこかで拝見して頂いたからこその、指名だろうからなぁ…」
大丈夫、いざ、バレそうになったら、僕は男に戻ってトンズラするだけ。
でも、捕まったら…断罪されるのかなぁ…とも考え、寒くも無いのに身体がブルっと震えた。
ゆっくり歩いたつもりが、難なく王宮に着いてしまった…
父上とは、お別れだ。
持ってもらっていた荷物を受け取る。
門番の兵士に、持ってきた召喚状を渡す。
後ろで、やはり寂しげにも不安げにも見える表情の父上に、笑顔で手を振った。
もう、声は出さない。
ここからは、言葉が出せない女として入廷するのだから。
案内されたのは、とても簡素な小部屋だった。机と椅子にベッドのみ。
荷物を置き、部屋を見渡していると、ノックがされた。
年配の…母上と同じくらいの女性が入ってきた。少し厳しそうな顔立ちに、僕は緊張した。
父上は、僕に関する事をしたためた書状も持たせてくれたので、静かにそれを渡した。
眉間に皺を寄せながら、それを読むと
「へぇ…話せないのかい?」
コクコクと頷く。
「文字は読み書き出来るのかい?」
僕は、これにも頷く。
「背中に傷ねぇ…まぁ、そんなもの見たくも無いから、分かったよ…どのみち入浴の順番は決まっているし、お前は新入り、最後だからね」
とりあえず話が通じて、ホッとした。
最後の風呂だろうが、なんだろうが、1人で入れるなら良しだ。
よろしくお願いします。の意味を込めて、深くお辞儀した。
「仕事は明日からだから…今日は、一応誰かに案内をさせるよ、立ち入り禁止の場所も沢山あるから、ウロウロしないように!」
ピシャリと言い放ち、出ていかれた。
ふぅ…と息を吐く。
ベッドに腰掛けると、僕は現実味の無い今の状態に、キョロキョロしてしまう。
王宮は外から見れば綺麗だけど、使用人の部屋は、やっぱり質素なのか…
僕の部屋よりは、もちろん綺麗だけど…
こんなもんか…と冷静になってくる。
コンっと軽いノック。
ひょこっと僕と変わらない位の歳の男の子が覗いた。
人懐っこい笑顔で、なかなか顔立ちは整っているが、そばかすと日焼けした肌が、いかにも使用人ぽくて…
「俺はバード、案内してやるよ」
既に馴れ馴れしい感じが嫌だ。
しかし、そんな選り好みなんて出来ないから、無表情のままで…着いていく事にした。
「話せないんだって?」
そうだ。と頷いたのに、お構い無しに、どんどん話しかけてくる。
この底抜けな明るさは、少しだけ羨ましい。
庭を境目にして、使用人達の領域と王宮の人々の領域が別れているらしい。宮殿には、王族の方々とそのお付の従者、官僚などの役人など、そして護衛として、騎士も住まう。
階段のその上…壁に囲まれているその場所は、確かに…王の居られる住まいは、別次元のように見えた。
もちろん立ち入る事は無いので、想像でしかないが。
なるほど、僕は、下っ端の下っ端って事だな!と瞬時に理解した。
それなら、逆に、目立つ事も無く済みそうだ。
バードは、また夜ご飯になったら呼びに行くから!と、僕を部屋まで送ってくれた。
食事はどうやら、大きな広間で皆が集まってするようだ。
もう既に多くの人が食事をしており、昼に来たあの年配の女性も座って談笑しながら食事をしている。
バードは、自分の横に僕を座らせると、直ぐに食事を運んで来てくれた。
なんだか世話焼きだなぁ…
僕の前に置かれたパンとスープと少しの肉…これで足りるかなぁ。
僕は不意に、家族を思い出してしまう…今頃、晩御飯を食べてるかなぁ…
既にちょっと寂しくなってる自分に驚いた。
弱い自分を叱咤する、まだ1日も経っていない。
バードは、周りにいる同年代くらいの女の子や男の子に、やたらと僕を紹介してくれる。
「彼女、言葉話せないんだって…」
それが免罪符みたいに、僕は押し黙る。
話さなくて良いって、かなり楽だ。
皆んなも仲良くしてくれよな!と、少しばかり押し付けがましいが、目の前の人達は、苦笑いしながら、頷いていた。
僕はぺこりとお辞儀をしただけ…構って欲しくないオーラ出てたかもしれない。
黙々と食し、周りでは、笑い声があちこちで起こっていて、夕食を楽しんでいるようだったが、僕はサッサとお膳を片付け、元来たとこを通って部屋に戻ろうと、急いで広間を出た。
すると…突然、手首を掴まれた!
引き寄せられ、僕の鼻腔には、ぶわりとお酒の香り。
「新しい子だね?どこ行くの〜?」
ニヤニヤしながら中年の男は問いかけてくる。
口の聞けない設定の僕は固まった。
酔っ払いに絡まれるなんて、全く予想してなかったから…
どうしよう、ここで叫んだら…全てが終わる。
かといって、この状況は非常にマズイ。
僕が悩んでいると、相手は引っ張る手に力を入れて引き寄せようとする。
必死で踏ん張るけど、男の癖に力の足りない僕は引き摺られそうになる。
どうしよう、どうしよう、だけが頭をグルグル回っていると…
「何してる!!」
誰かの厳しい声がした。
中年の男は振り向き、驚いた表情をすると、僕の手をすんなり離して、足早に去っていった。
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