いざ!王宮へ!

はぁぁ…


行くよ!とは、言ったものの…

ちょっぴり不安はある。

刺繍の仕事に関して言えば、負けん気だけで必死にやってきたから…まぁ、それなりには出来るだろうが。

しかしだ!僕は、針仕事以外は全て粗忽そこつだし、大食いだし…

なにより、王宮では女として生活するんだろ?

仕草とかさぁ…

バレると思うんだよなぁ。


とりあえず、仕事に集中して、さっさと終わらせて3ヶ月で帰って来よう!

言葉は話せない設定だから、口の悪い僕が、口が災いして失敗する事は無い…はず。


それにしても、刺繍の腕を買われて…

こんな事になるとはなぁ。

力は弱く役立たずで、家族のお荷物だと思っていたから…

やっと自分でも出来る事として見つけた刺繍が、僕にとって一世一代の大仕事として、もしかしたら、誇れる唯一の出来事になるかもしれない…

まぁ、大っぴらに僕がやった!とは出来ないんだろうけど…


そういうワクワクも密かにあった。


ずっとずっと、自分に自信が持てず、ひねくれ、口ばっかり悪くなるのに、家族は誰も僕を攻めなかった。

口が元気で良いね…と、笑ってくれた。

恵まれていたんだと思う。


外の世界を知らない僕が、王宮にかぁ…



いよいよ、その日がやって来た…

朝早くから、下ではバタバタしてる足音。声からすると、母上と姉上だ。

当の本人の僕だけが、まだ寝ぼけて、ベッドでボンヤリしている。


ガチャっと、ノックも無しに入ってきた母上は、頭に湯気が出てるかの如くの形相に、早口で

「ほらっ、立って立って!」

されるがままに…

女物のドレスが身体に沿わされる。

なんだか窮屈だし、女物の服を着るなんて、変態になったみたいで嫌だ…


重たい気分になっていると、次に部屋に入ってきた姉上を見て僕は、唖然とした。

「姉…上、髪の毛…は?」

長く美しい髪は昨日まではあったはず…

それが、今は肩の辺りで綺麗に揃えられている。

まさか…と思っていると、予想通りの答えが返ってきた。

「今朝切ったのよ!リュカ…貴方と私の髪質は似てるから…これは、つけ毛にしなさい」

手にふわりと渡されて、目を落とす。

ダージリン紅茶のように爽やかで美しい濃いオレンジ色の髪の束。


僕は不精なので、髪の毛は肩より長めの伸びっぱなし…

長いから女っぽく結べば、なんとかなるかもと思っていたのに、姉上はそれ以上の事を考えてくれていたのだと分かった。

「リュカの髪と私の髪を混ぜて結い上げてあげるから、自分でも出来るように、しっかり覚えるのよ」

1人で王宮へと行く僕を心配しての言葉に、思わず…グッときてしまった。



鏡の前に立って見ると…

思ったよりも女に見えた。

胸には詰め物がギューギューだが、あまり外に出ない僕は色白なので、それも男なら恥じる所だが、今は正解だった。


「最後に…」

タティングレースとチュールレースを合わせて作られた、丁寧で繊細な幅広のレース…

「リュカ程上手く作れないけど…これで喉元も隠せるわ」

僕の男の象徴となる喉仏を薄く隠すように巻いてくれた。

寂しく笑う姉上に、僕は…

グズグズと泣いてしまう。

「姐上にしては、上手く出来てるじゃん…ズズッ」

「口は悪いのに、相変わらず泣き虫ねぇ」

泣き虫なのは、これだけは…なかなか治らない。

ほらほら、薄く化粧もしたいから、泣きやみなさい…と諭される。


僕が、すっかりと女へと化けて、家族全員が、これならなんとかなりそうだ…という表情になる。

僕が憧れるゴツゴツした身体の男らしいだったなら、無理だっただろう…

残念な気持ちではあるが、今回ばかりは、仕方ない…


「じゃ、しっかりね…」

母上と2人の兄上と姉上に見送られ、僕は…父上と2人でお城までの道を歩き出した。

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