踊る者たち

志央生

踊る者たち

 夕暮れの遊園地、人気の少ないスポットに好きな人と二人きり。絶好のシチュエーションが揃い、こちらを見つめる彼女の眼差しにも期待が込められていた。

 整うべき条件がすべて用意されていて、残すは一つ「告白」だけ。ここまできて逃げることはおろか、有耶無耶にして終わることは許されない。

 彼女の顔を見ると変わらず期待の眼差しを向けている。ただ、それが告白を待っている顔ではない。俺をからかうのが楽しくておもしろくて仕方がない、という表情なのだ。

「悪女め」

 好きな人とは言えど、それは今においては外見だけ。中身は似ても似つかないほどの別人。というよりもまったくの別人なのだ。

 すべては一つのメモ帳が原因であり、その解決のためにこの場は準備された。お膳立ては十分、あとは俺の役目だけ。こんな状況でなければ逃げ出しているが、これも好きな人を取り戻すためにやらなければいけないことだ。

「どうしたの。何か言いたいことがあるんじゃないの」

 煽るように言ってくる彼女に俺は覚悟を決め、叫ぶように思いの丈を口にした。



「月が綺麗ですね、って意味わかりませんよね」

 泡の消えたビールを片手に俺は目の前に座るサークルの先輩、加護聖二に問いかけた。彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、持っていた焼き鳥を皿に戻した。

「あー、どういうこと」

「どうもこうもないですよ。アイラブユーを和訳して月が綺麗ですね、だなんて意味が伝わりますか。実際に使っている人がいないのがいい例ですよ」

 捲し立てるように一気に自論を展開するが、聖二は冷ややかな目でこちらを見てくる。

「それで、何が言いたいんだよ。お前は」

 そう問われて一瞬だけ口を噤む。ぬるくなったビールを一気に飲み干して俺は口を開いた。

「告白ってどうしたらいいんでしょうか」

 顔を両手で覆いながら俺は顔が熱くなるのを感じる。恥ずかしいやら酒が回ってきたのか、のせてしまいそうなほどだ。

「ずいぶんな前振りをしておいて、本題がそれか。お前にはほとほとガッカリさせられる」

 焼き鳥を片手に白けた顔をした聖二は、二年ほどの付き合いの中で見たことがないほど呆れた目を俺に向けていた。

「そもそも、告白云々の前にだ。お前と板東くんの距離感はサークル仲間程度だろう。はたから見ている限りは脈ありなし以前の問題だと思うが」

 そう言いながら彼は皿にあったネギマを串から外していく。聖二の言う通り、俺と彼女、板東百子の関係性は同じオカルト研究会に所属する部員であること以外、個人としての関わりは皆無である。さらに言えば、会話も多くしたことがない。

 高嶺の花、と言っても過言ではないほど俺にとっては手の届かない相手である。しかし、ただ見上げているだけでは花に近づくことはできない。手を伸ばそうとしなければ掴める物も掴めないのだ。

「それでも、告白しようと思うんです」

 串からネギマを綺麗に外し終えると同時に聖二は鼻で笑った。

「確実に失敗するだろうな。何事も一足飛びにはいかないものさ。ちゃんとした段階を踏んだうえで実行するのが望ましいだろうよ」

 彼の言い分は間違っていない。そのこと自体は俺も重々承知しているし、当たり前のことだと考えている。

「けど、世のなか理屈道理にいかないこともあります。それに、もたもたしていたらトンビに油揚げをさらわれるかもしれないでしょう」

「そうは言っても、何か勝算はあるのか」

 その言葉に俺は口を閉ざすしかなかった。あるかないかで言えば、はっきり言って皆無だろう。それでも動かなければ、どこぞの誰ぞに横からかっさらわれてしまうかもしれない。その結末だけは何としても阻止しなければいけない。それができるのは俺以外にはいないだろう。

 聖二は黙り続ける俺を見て深くため息を吐いてから口を開いた。

「わかった、無謀だとは思うがお前の意思を尊重する。だが、無策のまま行かせるのは先輩として心苦しい。そこで一計を講じてやる」

 そう言って彼は話を始め、夜は更けていった。



 彼女のどこが好きなのかと問われたならば、いくつか挙げられる。ただ一つだけ、と言われたならば迷わずに性格と答えるだろう。

 所属するサークルは同じくオカルト研究会であり、宇宙人から超能力、幽霊や超常現象など非科学的な物を探求するのが活動目的である。部員は漏れなくオカルト好きだらけであるが、彼女だけは違う。オカルトを否定するためにオカルト研究会に所属しているのだ。

「非科学的です」

この一言で部員が持ってきたオカルト話をことごとく否定し、科学を持って証明する。その勇ましい彼女の姿に惚れてしまい、部員が寄り付かなくなってしまった部室に俺は通っているのだ。


「昨日言っていた策のことなんですけど、任せて大丈夫なんですか」

「大船に乗ったつもりで任せろ」

 聖二と二人だけの部室で俺は心配になっていた。昨夜は酒の勢いとはいえ色々と吐き出したが、まさかこんなにも早くに行動されるとは思っていなかった。

「こんにちは」

 なんの準備もできないまま彼女は部室にやってきた。いつも通り、黒髪が美しく映えており、鋭い目つきが人を寄せつけない。

「おぉ、遅かったね。板東くん」

「そうですか、いつも通りだと思いますけど」

 彼女は定位置となっている椅子に腰を下ろし、スマホを机の上に置いた。

「これでいつものメンバーも揃ったことだし、今日は届いたばかりのオカルトアイテムを試したいと思う」

 聖二は意気揚々とカバンから一冊のメモ帳を取り出して、机の中央に置く。見た目は百円均一で売っていそうな、どこにでもあるメモ帳だ。

「これは【幽霊のメモ帳】というアイテムだ」

「幽霊の、ですか。それで、どういったアイテムなんですか」

 俺の言葉に聖二は待ってました、と言わんばかりに胸を張って答える。

「このメモ帳には、いくつか説があるんだ。中でも有力視されているのが、幽霊の怨念が憑りついている、という話だ。メモ帳自体はどこにでも売っている品だが、目の前にあるメモ帳は以前に女性が使っていた品で、死ぬ間際まで愛用していたらしい。彼女が亡くなってからはメモ帳にどんな方法でも書き込むことができなくなってしまった」

 説明が終わってからメモ帳を手に取り、観察するが紙に細工がしてあるようには感じない。一般的に普及している物で、オカルトアイテムと称するには雑な品だった。

「これがオカルトアイテムだなんて、笑えてしまいますね。非科学的、というよりも騙すにしても最低限の工夫をしたほうがいいと思いますよ」

 彼女はメモ帳を手に取ることもなく、聖二に向けて「試す必要もない」と言い切る。

「信じていないのか板東くん」

「信じる信じないの話ではありません。作り話くさい設定は付き物として目をつむっても、今回のメモ帳は見た目からしても騙す気概を感じない。それを持ってくるなんて、オカルトを語る身としても最低だと思います」

 聖二は彼女の言葉を受けても引かなかった。ただまっすぐに百子を見据えて、一言だけ「試してみればわかる」と言った。

「わかりました。そこまで言うのなら」

 しぶしぶながら彼女はペンを手に取り、メモ帳を自分のところへ寄せる。

「なにか書くこととか決まっているんですか」

 百子の質問に首を横に振って聖二は「自由に書いていい」と言った。それを聞いて、彼女は油性のボールペンを勢いよく紙に走らせた。

「ほんとうにインクが写ってない」

 俺は真っ白なままのメモ帳を見て声が漏れた。インキが切れているわけではないペンなのに、何も痕を残せなかったのだ。

「これ本物ですよ」

 今までも聖二はオカルトアイテムを持ってきたことはあったが、そのすべてが偽物や作り話だった。百子が否定するまでもなくインチキとわかるような品も多くあり、今回も見た目からその類の品だと思い込んでもしかたがなかった。

 俺は横目で彼女の反応を確認する。ペンを持ったまま俯いているが、口だけは小さく動いているのが見えた。

「さすがに板東くん、これは君も認めざるを得ないんじゃないか」

 勝ち誇ったような顔で聖二は彼女に言うと、下に向けていた顔をあげて百子は満面の笑みを浮かべて「私の負けですね」と口にした。

 それを見た俺と聖二は驚きを隠せなかった。普段から笑顔を見せたことのない彼女が、とびきりに口角を上げて微笑んだのだ。それだけでなく、負けを認めたことも衝撃だった。何が何でも細工を疑い、暴くことでオカルトを否定してきた。それなのに、あっさりと負けを認めたことが腑に落ちなかった。

「百子さん、大丈夫ですか。メモ帳をもっとよく観察したほうがいいのでは」

 俺はいつもと違う彼女の態度に動揺を隠せないまま、メモ帳を渡そうとした。

「大丈夫よ、それより少し席を外してもいいかしら」

 そう言って百子は席を立ち、スマホを手に取り出て行く。扉が完全にしまったのを確認してから俺は聖二のほうへ向き直る。

「どういうことですか、なんか反応違いますよ。計画通りに行ってない」

 俺は慌てて彼に詰め寄り異議を唱えた。

「待て待て待て、こっちも予想外の反応で困っているところだ。当初の予定なら、もっとメモ帳に対して食って掛かってくると思っていたのだが」

 聖二は机の上に放置されたままのメモ帳を手に取り、指で紙束を弾く。このメモ帳はオカルトアイテムでも何でもない、ただのメモ帳だ。それっぽい話と聖二が隣室のサークルから使いかけだったメモ帳を貰って細工を施しただけ。

 これもすべては策のために講じられたものだった。それがなぜか予想とは違う展開を見せ始めてしまった。

「あんな板東くんは今までに見たことがない。まるで人が変わったみたいだった」

 俺は聖二の言葉に頷く。笑顔を見たのも初めてだったし、歩き方も少し違ったように思えた。別人と言われたほうが納得できるほど、百子とはかけ離れていた。

 二人とも沈黙していると部室の扉がゆっくりと開き、ひとりの男が顔を覗かせた。

「あー、すまん。昨日のメモ帳を返してほしいんだが」

 申し訳なさそうに頭を掻きながら入ってきたのは隣室の映像研究会の部長だった。

「これのことか、早瀬」

 聖二は手に持っていたメモ帳を上にあげると、彼は「そうそう」と声をあげて受け取った。

「いやー、昨日間違えて渡しちゃってさ。いまホラー映画撮っていて、それでリアリティ追及のために、伝手から本物のいわくつきアイテムを借りててさ」

 そう言いながら「これ、代わりのメモ帳」と差し出してくる。だが、俺も聖二も受け取れず動きが止まった。

「そのメモ帳、本物のいわくつきなんですか」

 俺は震える声で聞くと彼は「そうだよ」とあっけらかんと答えた。

「なんでも、生前に愛用していた女性の念がこもっていて文字も何も書き込めないって話。しかも、紙に文字でも書こうとしたら呪われて女性に憑りつかれるんだとか」

 笑いながら話していたが、俺たちには笑えなかった。百子の変化と、聞いた話がすべて一致してしまっていたからだ。

「んじゃ、邪魔したな」

 颯爽と去って行く早瀬と、沈んだ空気に取り残された俺たち。聖二の顔を見ると、彼もこちらを見ていた。

「板東くん、どこに行ったんだっけ」

 その問いに俺は慌てて部室を出て彼女を探しに向かった。


 慌てていたものの彼女は思ったよりも簡単に見つかった。大学内のベンチに座っていて、不審者のようにあたりを見渡していたのだ。俺は慎重に近づき声をかける。

「百子さん」

 それに驚いたのか少し肩を揺らしながら顔をこちらに向けた。俺と目が合うととっさに笑顔を作り「どうかした」と言ってくる。

「いえ、なかなか戻ってこないから心配になって」

 口ではそう言いつつ、彼女が別人であるかが気になっていた。いつもと違う態度と映像研の話を信じるならば、今の百子はメモ帳を使っていた女性に憑りつかれていることになる。

 ただ、それをこの場で問い詰めるのはよくない。部室まで連れて帰り、逃げられないようにしてから問い詰めなければ。

「部室に戻りましょうか」

 誘導するように彼女をベンチから立たせて道を歩かせる。途中で掲示板の前で百子は足を止めた。俺も後ろから覗き込むが、いくつかの案内が貼られているだけで目新しいものはない。ただ、そのうちの一枚を指さして俺に聞いてきた。

「この遊園地、行ったことある」

 それに対して俺は首を横に振って答え、彼女は「そう」と短く言ってから歩き出した。

「戻りました」

 部室の扉を開きながら中に入ると聖二のほかに女性がひとりいた。それもとびきり胡散臭い格好をしていて、中でも目立っていたのは首にかけたピンポン玉サイズの数珠だった。

「おぉ、いいタイミングで帰ってきた。こちらは俺がよく行くオカルト店のオーナーさんだ」

 そう言って聖二は俺たちに座るよう促し、オーナーと対面させるように配置した。

「どうも初めまして、蝶子と言います」

 格好は変だが挨拶は普通で安心し、こちらも頭を下げる。ただ隣に座る百子は座ったまま微動だにしない。

「話は先ほど伺いまして、急いでこちらに来たのですが。そうですね、見えますね」

 蝶子と名乗ったオーナーは目を鋭くする。聖二は「やっぱりですか」と食い気味に言って百子の前に立つ。

「もうバレているんだ。板東くんのフリをするのはやめたまえ」

 威勢よく言い放った言葉に彼女は負けたのか、一つ息を吐いてから姿勢を崩した。

「バレているのなら、もう無駄ね」

 口調が変わり、はっきりと別人だと感じさせる。今までの多くない会話でも違和感を覚えることはあったが、これは決定的だ。

「もう少しくらい騙せるかと思ったけれど、他人のフリをするのは難しいわね」

 開き直ったような口ぶりの彼女は「それで」とこちらに聞いてくる。

「憑き物を落とすなら早いほうがいいでしょう」

 オーナーが札を片手にして念仏のような言葉を唱えるが、百子は一切の反応を示さない。

「無理ですね」

 一通りの念仏を唱え終えたのか、オーナーはあっけらかんと言った。聖二も苦笑いを浮かべている。

「これで取り除けないとなると、残るは心残りしていることを解消するしかないでしょう。未練がなくなれば逝けると思います」

 そう言って彼女は頭を下げて帰って行き、室内は気まずい雰囲気だけが残されていった。

「戻って来て早々、私って消されかけたのかしら」

 口火を切ったのは百子で机を指で叩きながら聖二を睨みつける。その目つきはいつもの彼女そのものだった。

「待ってくれ、少し話を聞いてくれ。段取りを間違えてしまっただけなんだ。最初は板東くんについて見てもらうだけのつもりだったんだ」

「そうね、たしかに見ていたわね。けれど、消そうとしたのは事実よね」

「う、うむ」

 聖二は百子の剣幕に圧倒され下手な言い訳をすることもできず口を閉ざした。

「その、それで心残りってあるんですか」

 俺の言葉にこちらに顔を向けた彼女は「あなたも私を消したいの」と聞いてくる。それに対して首を全力で横に振った。

「そういうものがあったら手伝いたいと思って」

「誤魔化しているつもりだろうけれど、誤魔化しきれていないわよ」

 彼女は短くため息を吐いて言葉を続けた。

「要するに私の心残りの解消を手伝って、消そうとしているってことでしょう」

 易々と見抜かれて俺は何も言えなかった。単に成仏してほしいとか消えてほしいというだけではなく、心残りや未練があるのなら手伝いたいと思ったのは本当だ。ただ、それはほんの少しであって大部分はいつもの彼女が戻ってきてほしいから、という思いから口に出た言葉だった。

「君の目的はなんだ」

 言葉に詰まっていた俺を助けるように聖二が口を開いた。その言葉に百子は唇をかむようにして押し黙る。

「このまま止まっているわけにはいかない。板東くんを助けるために、先に進む必要があるんだ。たとえ、それがどんな結果であろうと」

 彼女は目を閉じて息を吐き、何かを決心したように一言だけ口にする。

「遊園地」

 それが百子の提示したことだった。


 オカルト研究会がある文化棟は魔窟と称されるほど未知のサークルが存在している。俺はそのうちの一つ、恋愛探求倶楽部に連れてこられていた。

「加護よ、聞いていた予定より早くないだろうか」

 もやしのように細く背の高い男が椅子に座っていた。聖二は「少し早まっただけだ」と返しながら、机を挟んだ向かえの椅子に腰かける。

「それで、彼が例の」

 男の視線がこちらに移り、上から下まで値踏みするように観察される。俺はたまらず聖二の近くにより耳打ちをした。

「いったいどういうことですか。急にこんなところに連れてきて、それにあの人誰なんですか」

「あいつはこのサークルの部長で、呉橋蓮斗。お前に秘策を授けてくれる男だ」

 そう言われて俺は再び男を見る。温和な顔をしているが全体的に身が細いため頼りなく思えた。この人が秘策を授けてくれる、と言ったがとても信用できなかった。

「信用していいんですか」

「どういうふうに感じているか知らんが、オレが下手な人選をするとでも」

 聖二は自信満々に言っていたが、俺は信じられなかった。

「まぁまぁ、落ち着いてくれ。少しばかりだが事情は聞いている」

 呉橋の言葉で心を落ち着かせることにして、話を先に進めることにした。

「告白、をするそうだな」

 迷いなく彼が言ったことに俺は体が固くなった。改めて聞くと心拍数があがり、今すぐするわけでもないのに緊張で喉が渇いてくる。

「これはずいぶんと難儀なタイプだな。告白、と聞いただけでカチカチになっているし、本番なんてどうなっていることやら」

 困ったように呉橋は言ってから聖二に「難しいぞ」と口にした。それを聞いた俺は机を叩いて自分を奮い立たせる。

「やれますよ、やってやりますよ」

 見栄を張るように大声で宣言すると聖二が肩を叩き笑顔を向けて「言質取ったからな」と口にした。

「ハメましたね」

 唇を嚙みながら聖二に言うと「落ち着け」となだめられる。彼は続けて「やることは変わらないだろう」と俺の目を見据えて言った。

 たしかに元から告白をする計画が立ち上がっていた。ただそれは板東百子に対してするものであって、今の状態の彼女にするものではない。

「けど、相手が違うでしょ。俺は百子さんにするつもりで」

「わかっているが、遊園地に行くことだけが要望とは思えないだろう。こういうのはたいてい、いい仲の男女が一緒に行って最後には告白するのが定石だ。彼女がそれを言わなかっただけでな」

「でも、ですね」

「ならいっそのこと事前練習とでも割り切れ」

 聖二が肩を叩いてくるが納得はできていない。事前練習と体のいいことを言っているが、こちらからしたら二回も同じ相手に告白をしなければいけないことになる。一回するのにだって緊張するのに、それを二回もだなんて俺の心臓と胃が持つ気がしない。

「なに、気にしなくても外見が一緒なんだから胸を借りるつもりでやればいい」

 笑いながら言う彼の言葉に俺は最低だなと思った。たしかに外見は同じだが、あくまでも好きになったのは板東百子であり、容姿だけを好きになったわけではない。それだけは俺自身が譲れないものだった。

「加護、その発言は少し看過できないな」

 そう口を挟んできたのは呉橋だった。先ほどまで沈黙していた彼が一歩前に出て聖二に近づく。

「告白というものはそう安いものではないんだ。自分の好意を伝えるものであって、純粋であるからこそ意味がある。そこに邪な気持ちがあってはいけない」

 呉橋の言葉に聖二は頭を掻きながら「なら、どうするんだ」と俺に問う。けれど、それに対しての答えが考え付かない。

「ならば、いっそのことフッてしまえばいいのではないか」

 そう口にしたのは呉橋だった。俺が驚いていると、聖二もそれに賛同した。

「それもいいな、すべてを要望通りにしてやる必要もないか」

 手のひらを返したような反応に俺は呆れと脱力感を覚えた。

「そうと決まれば、それで話を進めるとしよう。呉橋、そこのホワイトボード持ってこい」

「頼まれた」

 二人はそう言い合って呉橋は壁際に置いてあったホワイトボードを持ってきて油性マーカーを握った。

「では、はじめようか」

 そう言って当日の計画が練られていくのだった。



 大学近くにある喫茶店は人が少なく、静かな時間を過ごすのに適しており密談をするには最適な場所だった。

「相談事とは珍しいな、板東くん」

 机をはさんで対面に座る加護さんはコーヒーを啜りながら私の話を待ってくれている。普段はサークルで顔を合わせてオカルトについて追及をしているが、今回は場所も目的も違う。

「実は折り入ってお願いしたことがあります」

 そう切り出した私に彼は表情を変えることなく続きを促した。

「彼に気持ちを伝えたいのですが、その手伝いをしてもらえないでしょうか」

 少し早口になってしまったが、頭を下げてお願いをする。加護さんの返事はなく、断られるのだと思い顔をあげた。

「板東くんのお願いを聞くとしよう」

 私の予想とは違う反応に思わず「いいんですか」と聞いてしまう。それに対して彼は笑いながら頷いた。

「いつも顔を三人で顔を合わせているからな。なんとなく雰囲気とかで察してはいたが」

 そう何か考えふけるようなそぶりを見せたが加護さんはすぐに笑顔を作り直した。

「そうと決まれば、ほかの奴にも協力をしてもらおう。こういうのに強い知り合いがいるんだ」

 これがすべての始まりだった。



 部室前で深呼吸をする。まさか相談したすぐ翌日に「明日、決行する」と連絡が入るとは思わなかった。心の準備は完全ではないが、それでも力を貸してくれた人たちのためにも、失敗は許されない。

これから始める大勝負に圧されないように、と言い聞かせて扉を開いた。

「こんにちは」

 普段通りの挨拶で声も上ずることなく緊張しているのがバレていない。私の視線は加護さんに向き、動向を確認する。

「おぉ、遅かったね。板東くん」

「そうですか、いつも通りだと思いますけど」

 始まりを告げる会話をお互いに交わして、私は自分の椅子に座りスマホを机に置いた。

「これでいつものメンバーも揃ったことだし、今日は届いたばかりのオカルトアイテムを試したいと思う」

 気分をあげて加護さんはカバンからメモ帳を取り出して、机の中央に見やすく置く。

「これは【幽霊のメモ帳】というアイテムだ」

「幽霊の、ですか。それで、どういったアイテムなんですか」

 加護さんの言葉に食いついたのは彼だった。計画していた通りの反応に思わず私は手をこぶしにしてしまった。

「このメモ帳には、いくつか説があるんだ。中でも有力視されているのが、幽霊の怨念が憑りついている、という話だ。メモ帳自体はどこにでも売っている品だが、目の前にあるメモ帳は以前に女性が使っていた品で、死ぬ間際まで愛用していたらしい。彼女が亡くなってからはメモ帳にどんな方法でも書き込むことができなくなってしまった」

 説明が終わり彼はメモ帳を訝しげに見て観察する。けれど、どれだけ確認したところで意味はない。そのメモ帳はただのメモ帳だから。

「これがオカルトアイテムだなんて、笑えてしまいますね。非科学的、というよりも騙すにしても最低限の工夫をしたほうがいいと思いますよ」

 私は用意していた通りの言葉を加護さんに向けて口にして「試す必要もない」と言い切る。

「信じていないのか板東くん」

「信じる信じないの話ではありません。作り話くさい設定は付き物として目をつむっても、今回のメモ帳は見た目からしても騙す気概を感じない。それを持ってくるなんて、オカルトを語る身としても最低だと思います」

 横目で私は彼の様子を確認しながら、台本に沿った言葉を告げる。聖二も同じく決められたセリフを口にする。

「試してみればわかる」

「わかりました。そこまで言うのなら」

 予定通りの流れに私は一息吐き、机の上に転がっているペンを手に取った。ここからが本番だと気持ちを作り直し、メモ帳に筆を走らせる。

「ほんとうにインクが写ってない」

 彼が驚いた声をあげたのを聞きながら、私は顔を下に向ける。彼は聖二とメモ帳について話しているようで盛り上がっていて、こちらから気がそれていた。

「私ならやれる、私なら問題ない」

 言い聞かせるように小さな声で何度も繰り返し、合図を待つ。

「さすがに板東くん、これは君も認めざるを得ないんじゃないか」

 声を張った聖二の言葉に私は今まで作ったことがないくらいの笑みを浮かべて顔をあげた。

「私の負けですね」

 ここからが私の本当の勝負の始まりだった。



 私の変化に面食らった二人を置いて部室を抜け出し、私は隣室の映像研究会のドアを叩く。

「開いているよ」

 室内からの返答にノブを回して中に入ると早瀬さんが待っていた。頭を軽く下げてから「メモ帳の回収お願いします」と告げると彼は頷く。

「今のところシナリオ通りみたいだね。加護も人使いが荒い、土壇場で予定変更を出してくるし」

 体を伸ばしながら愚痴るように言ってくるが、それに何も返しはしない。持ってきたスマホを確認して次の段取りを確認する。

「それにしても彼は本当に騙せているのかな」

「反応としては半分半分というところでした。あとは加護さんとあなたの演技次第だと思います」

 私の言葉に早瀬さんは笑って「頑張るしかないね」と口した。

「さて、言われた通りメモ帳を回収してくるから失敗しないように気を付けて。あと、晶に連絡を入れておいてくれるか、次は彼女の出番だ」

 そう言いながら早瀬が部室を出て行く。私も次の配置につくために移動を始めた。


 文化サークルが寄せ集められた文化棟を出て近くのベンチに私は座った。スマホの通知で彼が部室を出たと連絡が来たので、もう少ししたら探しに来るだろう。このあとはまた別人のように振舞わなければいけないことを思うと、今のうちに気晴らしをしておいたほうがいい。

 あたりを見渡しながら気を抜いていると突然に声が聞こえてきた。顔を向けると彼が足音を立てずに近くにいて、慌てて笑顔を作り上げて口を開く。

「どうかした」

 素の部分を見られたと思い内心はドキドキしていたが、彼は「心配になって」と言った。その答えに私は安堵したものの、こちらに向けられた視線が何かを怪しんでいるように感じた。

「部室に戻りましょうか」

 私を先導するように彼が前を歩き、そのあとを追うように続く。途中で掲示板の前を通りかかり立ち止まって張り紙を見つめた。それに釣られたのか彼も同じように後ろから覗き込んできた。

「この遊園地、行ったことある」

 いくつかの案内に紛れ込んでいた古い遊園地の張り紙を指さして、わざとらしく声にした。用意されていた台本に沿ったセリフだったが、彼の反応は予想していたものとは違い、私は「そう」と答えるしかなった。


 彼と戻ってきた部室には加護さんのほかにもう一人役者がいた。着ている衣装はどこで見つけてくるのか、その手の人たちが身に着けている装いに似ている。

「おぉ、いいタイミングで帰ってきた。こちらは俺がよく行くオカルト店のオーナーさんだ」

 加護の大きな声が次の場面に移ったのだと知らせた。椅子に座るように指示を出し、私は役者である晶の前に腰かけた。

「どうも初めまして、蝶子と言います」

 顔一つ変えずに役名を口にして頭を下げた彼女。さすがは映像研究会が推す看板女優だと思った。

「話は先ほど伺いまして、急いでこちらに来たのですが。そうですね、見えますね」

 すらすらとセリフを続け、加護さんがバトンを受け継ぐ。

「もうバレているんだ。板東くんのフリをするのはやめたまえ」

 威勢よく口にした言葉だったが、晶のあとに見ると素人演技なのが浮き彫りなった。きっと私も同じなんだろうと考えるとため息が漏れてしまう。けれど、続けなければいけないと気持ちを切り替えて、私は姿勢を崩した。

「バレているのなら、もう無駄ね。もう少しくらい騙せるかと思ったけれど、他人のフリをするのは難しいわね」

 開き直るくらいに大げさな話し方をした。続けざまに私のセリフがあるため「それで」と切り出したあと間を開けたときだった。

「憑き物を落とすなら早いほうがいいでしょう」

 割り込むように晶が言葉を発していた。本当はもう少し先のやりとりを彼女は口にしていたのだ。ただ、一度走り出したものを止めることもできないため、加護に目配せをする。あちらも跳んでしまった台本に驚いているようだった。

「無理ですね」

 晶の念仏が終わり、加護さんは苦笑いを浮かべて先に進めるように促す。彼女も途中で自分のやってしまったことに気付いたようだった。

「これで取り除けないとなると、残るは心残りしていることを解消するしかないでしょう。未練がなくなれば逝けると思います」

 最後のセリフを言い終えると晶は部室を後にする。残るは私と加護さんのやり取りになるが、彼女の失敗を受けて気分が少し重たかった。

「戻って来て早々、私って消されかけたのかしら」

 それでも進行しなければいけないと私は演技を続けるが、加護さんに向ける視線は厳しいものになってしまう。

「待ってくれ、少し話を聞いてくれ。段取りを間違えてしまっただけなんだ。最初は板東くんについて見てもらうだけのつもりだったんだ」

 台本通りのセリフのはずが加護さんの言葉には先ほどまでなかった感情がこもっていた。

「そうね、たしかに見ていたわね。けれど、消そうとしたのは事実よね」

「その、それで心残りってあるんですか」

隣で私たちのやり取りを見ていた彼がおずおずと聞いてきた。想定外の発言に私は頭を回転させる。

「あなたも私を消したいの」

 次の展開に支障が起きないよう注意をしながら言葉をひねり出した。それに対して彼は全力で首を横に振る。

「そういうものがあったら手伝いたいと思って」

「誤魔化しているつもりだろうけれど、誤魔化しきれていないわよ。要するに私の心残りの解消を手伝って、消そうとしているってことでしょう」

 私は彼の善意を否定するような言葉を口にしながら、どうやってこの流れを終わらせるかを考えていた。

「君の目的はなんだ。このまま止まっているわけにはいかない。板東くんを助けるために、先に進む必要があるんだ。たとえ、それがどんな結果であろうと」

 言葉を詰まらせていた彼を助けるように加護さんが問う。これで軌道修正ができると心の中で安堵し、用意されていたセリフを口にした。


 〇


 スマホをつけて時間を確認する。待ち合わせ時間まではまだ余裕があるのに、心臓はすでに最高速度で脈打っている。落ち着かせようと深呼吸を繰り返していると、加護さんからメッセージが届いた。

「健闘を祈る」

 短い言葉だったが、私を鼓舞するには充分だった。ここまでは皆に協力してもらい舞台を整えてもらった。あとは自分でやらなければいけない。

「すみません、遅くなりました」

 声を掛けられ顔を向けると、軽く息を切らした彼が立っていた。私は「私も今来たところよ」と定番の返しをする。

「行きましょうか」

 そう言って彼は前を歩き、その後ろを追うように着いていく。園内ゲートをくぐると目移りしてしまうほどアトラクションで溢れていた。

「さて、何に乗りますか」

 彼が園内マップをこちらに渡しながら聞いてきたので、私は迷うことなく最初に目に付いたジェットコースターを指さす。それに応じて乗り場に足を進めた。

「三十分ほど待たないといけないみたいですね」

 目的地に着くとすでに列ができていて、待ち時間が貼り出されていた。乗るためには並ぶしかないと最後尾に付く。

無言のままで待っているのも退屈だと思い、私は何か話題はないかと考えていると「こういうの好きなんですか」と彼が尋ねてきた。

「べつに、最初に目に付いたから」

 唐突な質問だったため不愛想な言い方をしてしまい、会話が途切れてしまう。なんとかリカバリーしようと同じ質問をする。

「僕はジェットコースター好きですよ」

そう答えた彼は前を向いたままで、こちらに見ようとしていなかった。そんな姿に少しばかりの悲しさと怒りを覚える。

「あなた、こちらを見ないようにしているみたいだけど何かあるの」

「べつにそんなんじゃ」

 私の言葉に反応して彼が顔を向けてくるが視線が反れていた。その反応に私はため息が漏れてしまいそうになった。

「何もないならいいけれど」

 今度は私が彼から顔を背けて前を向く。少しずつ動く列に私たちも続いて歩いた。


「もう無理です」

 ペンチに座り込んで彼は顔色を青くしていた。ジェットコースターが好きだと言ったので連続して複数の絶叫系アトラクションをはしごしたのだが、失敗してしまった。

「すみません、少し休ませてもらっていいですか」

 元気のない声色に私も悪いことをしたと思い、一緒にベンチに腰かけて休むことにする。ただ会話のないまま何分もいることに耐えかねて、飲み物を買いに行くことを口実にして早々にその場から離脱した。

 ベンチから遠ざかり私はスマホを一度確認する。何件かメッセージが届いており、早瀬さんや晶から「首尾はどうだ」「順調そうなの」とこちらを心配するような内容が届いていた。

 それを見てジェットコースターを待っていたときのことを思い出し「芳しくない」と返信を打ちかけてやめた。

心配をかけてはいけないと考えて「順調」と書いて送る。そして飲み物を買うために自動販売機に向かった。

「お水でいいかしら」

 並んでいるラインナップはどこも一緒のようで奇をてらった商品はない。乗り物酔いをしている彼には水が無難であると思いお金を入れてボタンを押す。

「おねーさん、独りなのかな」

 無警戒だった背後から唐突に男の声がして慌てて振り返る。そこには体格のいい男性が二人いた。どちらも日焼けさせた肌を自慢げに晒していて、私の逃げ道を塞ぐように立っている。

「なら、俺たちと一緒にどう。なんなら、別のところで楽しいことしてもいいし」

 じりじりと距離を詰めながら色黒な男は笑みを浮かべている。背にした自動販売機が壁になり追い詰められ、一人の男に腕を掴まれた。簡単に振り払えないほどの強い力に悲鳴をあげることもできなかった。

「すいません。その手を放してもらっていいですか」

 強引に手を引く男に声をかけたのは彼だった。ベンチを離れてから時間が経っていたのか、心配してくれたのか私を追いかけてきてくれたのだろう。

「なに、お前。この子の知り合いなの」

「知り合いというか、彼女と一緒に来た者です」

 彼は引くことなく答えると、私の腕を掴んでいた男は手を放した。

「なんだよ、そういうことかよ。白けちまった」

 それだけを言って男たちはあっさりと去って行ってしまう。掴まれていた腕をさすりながら私は彼にお礼を伝えると「いえ、俺も一人で行かせてしまったので」と答えた。

 微妙な沈黙が数秒のあいだ場を包み、私は自動販売機に残したままになっている水があることを思い出し、この場から逃げるように取りに行こうとした。

「あの、百子さん。よかったら行きたい場所があるので行きませんか」

 緊張した彼の目がそこにはあった。


 夕暮れの遊園地、人気の少ない場所と緊張した彼。ほんとうは私から打ち明けるつもりだった。メモ帳のことも別人のフリをしていたことも、この気持ちことも。

 けれど、私は彼に期待してしまった。自分からではなく、相手からその言葉を言ってもらえるかもしれない、と。高まる鼓動に急かされるように私は口にしてしまった。

「どうしたの。何か言いたいことがあるんじゃないの」

 それが浮かれていた私を覚ますことになるとも知らずに。



 何を間違ったのか、言うべきことを口にしたのがダメだったのだろうか。

「俺はあなたを好きにはなれない」

 それを聞いた百子のひどく悲しい顔に次の言葉が出なかった。走り去っていく彼女を追うこともできなかった。

「失敗しました」

 スマホを耳に当て聖二に短くそう伝えると「終わらせるつもりか」と静かな声で問われる。

「でも、あんな顔をさせてしまって合わせる顔が」

「それが言い訳のつもりか」

「別に言い訳をしている気はないですけど」

 口ごもる俺に電話越しの聖二がさらに続ける。

「お前がしているのは結局ただの言い訳だ。合わせる顔、なんてそもそもお前にあるのか。それっぽく罪の意識を感じているだけで、全部はお前の中途半端さが板東くんを悲しませただけだろう」

 彼の言葉に俺は声を荒げずにはいられなかった。

「俺だけの責任じゃないでしょ。そもそも聖二さんがあんな胡散臭い物を使ったのが原因でそのしりぬぐいを俺がしているのであって、それで失敗したら俺を責めるなんて」

「人を言い訳にするなよ」

 俺の言葉を途中で遮るように聖二が口を挟んだ。

「自分じゃ何もしないくせに、人に頼んでしてもらったことが失敗すればお前のせいだ、と喚く。結局、逃げ場が欲しいだけだろう。失敗しても、それを言い訳できる理由が欲しかっただけだろう。違うかよ」

 その問いに俺は返すことはできなかった。

「ここで逃げるなよ。最後までやり抜いて見せろ」

 それだけを言って通話が切れた。夕暮れだった空が暗くなり空には月が上っている。短く息を吐いて俺は走り出した。

 百子が去って行ってからそこまで時間は経っていない。まだ園内にはいるだろうが探し出すのは難しい。それに彼女に何と伝えるかは決まっていない。流れの中で言うはずだった言葉では意味がない。

 けれど、飾るほどの言葉を持ち合わせてはいない。走って酸欠の頭ではいい案など浮かんでこず、息切れしながら左右に視線を向けると彼女の背があった。

「待ってください」

 残りの体力を振り絞り距離を詰め、俺は百子の手を掴んだ。いまだ悲しい表情は残ったままだった。

「なんですか」

 涙にかすれた声で返す彼女に俺は何を伝えたらいいのか迷う。好き、というには軽すぎて、愛しているは重すぎる。もしかしたら、どんな言葉にも正解はないのかもしれない。

 それでも伝えなければいけないと俺の視界の端に煌々と輝く月が目に入った。

「月が綺麗ですね」

  気が付けば俺は口から零れ落ちるように彼女にそう告げていた。

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踊る者たち 志央生 @n-shion

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