脱法人形

「それで何故私を呼んだのですか?」


 アスカの自宅のリビングにてソファに座り出されたコーヒーを啜って一言佐渡は言った。


「人形狩りについて情報を貰いたいんだ」


 最近世間を騒がしている人形狩り。記事にしているくらいであることから記者である佐渡は何らかの情報を持っていると思って呼び出したのだった。


「それは記者ですから取材とかやってますし、知ってる情報はありますよ?」


「持ってる情報全て教えてくれ」


 アスカがそう言うと佐渡はため息をついてどこうんざりした表情をしていた。


「いやいや、記者の情報は価値のあるものなので易々と教えられないですよ」


「いいから答えなさい」


 ティアナがイライラした顔で横から入ってきた。

 どうも彼女は佐渡のことが気に食わないらしく勿体ぶっている佐渡に眉をひそめていた。

 この前の件があるだけに、ティアナにとっては過去を利用してアスカに近づく女という認識を持っているのである。


「金か?」


「いいえ、私のジャーナリズムは金で動きませんよ」


 どうやら金銭という訳ではないらしい。金で動くようでは記者失格ではあることからまともであることは分かる。ではどうすれば動くのだろうか。


「記者にとって重要なのはとくダネを掴むこと。そして特ダネを産むネタ元は独占したいものですよ?」


 佐渡再びコーヒーを飲むと不敵に笑った。


「そうか、つまり独占的に取材を俺を受けろと?」


「ふふ、話が早いですね?さすが天才人形師」


 佐渡としてはアスカを独裁的に取材する権利があれば、彼に関する情報は彼女のみが握ることができるということである。それは他の記者たちに掴むことのできないネタを掴み続けられるということである。


「私は反対です。ご主人様」


 ティアナはものすごく不機嫌な顔でそういった。


「なんなんですか??外野は黙っててください」


「外野じゃありません。身内も身内です」


 佐渡とティアナは見つめている。そこには見えはしないものの火花が飛び散っているようであった。


「私は反対です。こんな女とご主人様が2人っきりで取材なんて」


「いや流石にそこまで言ってないだろう…」


「嘘です!この女はご主人様様の過去の弱み握ってあんなことやこんなことを!!」


 暴走し始めたティアナをなだめようとするが人形ということもあって人間の力ではどうすることもできない。


「こんな人私はなんとも思ってないのでご安心してください」


 一方の佐渡は表情変えずに出されたコーヒーを飲んでいた。コーヒーを飲み終えると持ってきていた鞄からタブレットを取り出して操作をし始めた。


「今回の人形狩り事件の発生位置とあとは時間帯ですね」


 タブレットをアスカたちの方に見せてきた。

 そこに映し出された内容というのは1件目から直近の事件までの発生位置の分布と時間帯そして被害者の人形についての簡単なことが記載されていた。


「事件の発生場所自体はここカスガエからイワツキにわたって起きてて、行動パターンのようなものは特にはわかってないですね」



 カスガエとはアスカたちの住む街であり、都心から少し離れているものの、交通のアクセスなどの良さから住みやすい街ランキング上位にもなっている土地であり、一方のイワツキというのは古くから人形産業が栄えている街である。

 御三家の一つであるアスカの実家の御堂一族の総本家があるのもイワツキである。


「そうだな…。とにかく次に現れる場所を絞っておきたいな…」


「ご主人様…被害者の人達に聞いてみるのは?」


 アスカが考えているとティアナは被害にあった人形たちのオーナーに尋ねてみることを提案してきた。もちろんそれはアスカも考えていたことであるが、記事を見るに廃棄処分となった人形ばかりであり、オーナーたちの心情的に事件の話を聞くのは酷ではないかとか思っていた。


「もちろんそれもありだが…俺はあまり気が進まないな…」


「ですが、手がかりとなるならその方が早いと思います」


 アスカを見つめてくるティアナにはどこかこの事件の加害者に対して憤りのようなものが少なからず感じられた。やはり同じ人形がこのような被害にあっていることが許せないのだろう。


「その人形さんの言う通りですよ。アスカ先生あなたが本当に事件を解決したいのなら被害者から聴取はマストです」


「……。そうだよな…」


 人形造り出す人形師にとっては人形を壊されるということは自分の子供も殺されたも同然である。人形オーナーもまた、自分にとっては恋人やパートナー、子供や孫のように思っている人達が多い。そんな存在を奪われた気持ちはアスカには痛いほど分かる。かつて自分自身も大切な存在のを奪われたことがあるからこそ。



「被害者の方の話を聞こう」


「はい!ご主人様!」


 アスカが決めたことに嬉しそうにティアナは応えた。佐渡もアスカが覚悟を決めたことに少し笑って安心していた。


「私はもう少し事件の特徴を調べてみますよ。次の犯行が行われそうなところも絞ってみます」


 佐渡はからソファから立ち上がってそう言った。


「あぁ、頼む」


「では被害者の聴取はよろしくお願いしますね?」


 佐渡の言葉に頷いた。アスカは一刻も早くこの事件を解決させたい。人形師としてこのような酷い事件など許す訳にはいかなかった。

 佐渡はアスカ邸を後にしていった。彼女から貰った資料にある被害者の人形オーナーの資料を見て被害者の所へ赴くこと決めた。




 薄暗く光がまばらに差し込む廃倉庫に人形は錆び付いたドラム缶を背もたれに佇んでいた。

 特に言葉など発することなく、ただじーっと床にはっている蟻たちを見つめていた。

 その瞳は生きる希望を無くしこの世絶望したような荒んだものである。


「私は…なんで生きてる……」


 彼女は瞳を閉じて自分のこれまでを振り返る。

 人形として生まれた彼女は人間の良き隣人として生きていくはずだった。

 しかし現実は違った。少しでもミスをすれば殴られ蹴られ、オーナーにとって少しでも気に入らないことがあればまた殴られて蹴られて、何もしていなくても同じように暴行を受けて、時には性処理道具にされ、彼女が抱いていた生活とはあまりにもかけ離れていた。

 そんな生活が続いていたある日窓を見ると楽しそうに人と人形が歩いているのを見かけた。

 その光景は彼女にはあまりにも眩しかった。自分自身の現状と比べる雲泥の差であり、同じ人形でも扱いがこうも違うのかと絶望した。

 私は一体何のために生まれてきたのかと。人間のストレスや性のはけ口にされてただの道具扱い。

 私は人形では無い。道具なのだと。あまりにも残酷な現実に悲しくて涙が出てきた。

 人形にも感情の一貫として涙は流せるような構造に作られている。ただしこんなのはただの感情システムによって流れでる精製水にしか過ぎなかった。

 私は悔しかった。私はただ人間の良き隣人としていたいだけなのに。今の私は人形にもなれない道具であると。

 絶望に支配されていた日々にとある人物が私の前に現れた。


「やっほー!元気かな人形ちゃん?」


 屋敷は厳重なセキュリティで守られているはずなのに彼女は何故かそこにいた。

 黒いコートにタートルネックの服を着た金髪の女だった。



「一体どこから…。ご、ご主人様にまた怒られちゃう…」


 突然現れた不審な女を捕まえようと彼女に向かっていった。しかしひゅるりとかわされた。


「いきなり襲い掛かるなんて酷いねー。ちょっと私の話を聞いてよ?」


「不審者は取り押さえないとまたご主人様に怒られちゃう…」


 私には一刻も早く屋敷にでた不審者を排除しなければならない。それが私の仕事でもあるためそれが出来なければまた罰を受けてなければならない。恐怖が私を支配していた。


「あーあ、ダメだこりゃ。仕方ない…」


 女はコートポケットから黒い手袋を取り出した両手につけた。

 構わず攻撃をしてくる人形の攻撃を軽く受け流していく。


「う、嘘…。人形の私の速さについてきてる…」


「あは?びっくりした?それはそうと私の話聞いてくれないかな?」


 人形の私の拳や蹴りなど軽くいなしながら話しかけている。この女は只者ではないと思った。人形は人間よりはるかにパワーやスピードを持っており、徒手格闘などまず人形に勝てないはずである。


「だいたい所詮プログラム化された死んだ動きなんて私にはもはや止まって見えるよ」


「く、くそ…」


 全く攻撃があたらない。あまりにもありえない状況に焦りが生まれてくる。徒手格闘のプログラムは学習能力で動きに幅を聞かせることが可能であるものの、まるで女には通用していなかった。

 焦りからか大振りになった拳を女は見逃さなかった。腕を掴んで一本背負いをした。そのまま私は地面に叩きつけられた。


「うぐっ…。」


「あはは。ごめんごめん。でも痛覚ないからいたくないでしょ?」


 動こうとするものの彼女が頭を右手で掴んできた。すると力が全く入らなかった。


「この手袋は特別性でね。人形の頭脳の行動司令電磁パルスを阻害できる特別製なのさ」


「それで、話聞いてくれる?」


 彼女は笑って私の方を見てきた。動くことができない私は諦めて彼女の話を聞くことにした。


「君さ。今生きてて楽しい?」


「楽しいも何も…私はただの人形だ…」


「あんなに酷い扱い受けて自分は人形のだなんて言えるの?」


 何故この女は私の置かれた状況を知っているのか全く分からなかったが、彼女の瞳は私を見透かしていた。私はなんでも知ってるよと言わんばかりの目であった。


「でも私あの人の人形だ。私がどうすることも出来ない」


「まぁ、人形はオーナーリングプログラムで抗えないからねー。可哀想に」


 女の言葉に毛ほども感情が篭っていなかった。人間である彼女には人形の私の気持ちなどわかるはずもない。


「だったらさ。その呪縛から私が解放してあげよう!私って実は人形師なんだー」


「一体何を言って…」


「君の今のオーナーリングプログラムをぶっ壊してあげるってこと。そうすればあんな奴のところにいる必要なく自由の身でーす!!」


 そんなことをしてしまえば私は不良人形として回収されてしまう。そうなったらどうなるかは私にも分からない。


「そんなことをしたら私は回収されて…」


「大丈夫!ついでに出力調整で高出力にしてあげるよ?そしたら追ってからも容易く逃げられる」


 この女は私に脱法人形アウトロードールにでもさせる気なのか?


「君さ?名前なんだけ?」


「エ、エヴィーナ…」


「エヴィーナ。自由になりなよ」


 先程まで笑っていた女は突如として真剣な顔で私を見てきた。その表情は今までどこかヘラヘラしたものとは違う私に訴えかけてきているものであった。


「生きていれば何かしらいいことあるかもよ。少なくとも今のままじゃ君は道具ほど価値しかない」


「自分の価値は自分で見つけて作っていきな。私はそのきっかけを与えてあげる」


 私はその言葉を聞いた時に初めての感情を抱いた。今までの心の中にあった苦しさのようなものがスっと消えていった。価値は自分で見つけて作る。今の私にできることはそれしか残されていない。ならば。


「わかった…私を…自由にしてくれ!!」


 エヴィーナの言葉を聞いて満足した彼女はニコッと笑った。


「おやすい御用さ」



 私は彼女に施された改造によって生まれ変わった。どんな人形にも負けない圧倒的な力。そして人間からつけられた枷を外した。

 私はカゴの中の鳥ではなくなった。

 その日私は今まで酷い目にあわせられたオーナーを文字通り惨たらしく殺害した。

 オーナーの息の根をこの手で止めた時の瞬間は最高だった。もうこいつに支配されることもなく自由に生きられる。それがたまらなく幸福に感じた。



 解き放たれた私は脱法人形として生きることになった。しかし自由というのは長くは続かなかった。オーナーを殺害した人形ということで指名手配された。

 当然警察から追われた。しかし出力調整によって通常の人形でははるかに及ばない高出力になったことで難なく返り討ちにした。

 私は追われる身になったものの、人形として自由を手に入れた。何者にも縛られることない生活に満足していた。

 しかしある日のこと。私は公園にいた時に、以前屋敷の窓でみた人間と人形を見かけた。

 楽しそうに会話をしながら買い物をしたであろう荷物を持って歩いていた。羨ましいと思って見ていたあの時と違って、私には別の感情が生まれていた。


 なぜ、この人形は人間とあんなに楽しそうにしてるんだ?私はあんなふうにオーナーと隣で歩いたことなど一度たりともない。

 なぜ同じであるはずの人形の私はオーナーに酷い目にあわされて毎日苦しい思いをして生きていたのに、そんなに生き生きとしているんだ?

 私はこんなに苦しんで自由の身になったのに心にぽっかりと穴が空いてるんだ…。

 あの人形が羨ましい。私が歩みたかった人形として生活をできている。それが私には悔しくてドロドロとした感情が現れた。



「いいよなぁ…お前。私なんか……」



 私は理性では制御聞かず、楽しそうにしている人形と人間の前にいた。そして…。








 同じ人形を手にかけた。




 オーナーの元から逃れようとも自由になろうとも結局私はただの人形だった。





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