闇夜に舞う閃光

「もうこんな時間…早く帰らないと…」


 日が沈み黒く染められた街の路地で1体の人形が買い物かごを下げて足早に主人の待つ家に帰ろうとしていた。

 住宅街ということもあり電灯以外は帰宅途中のサラリーマンや、塾帰り学生などと数人とすれ違うばかりで人通りは多いとはいえなかった。

 そんな人形の正面側から人影のようなものがこちらに歩いてきた。

 格好は分かりづらいが黒のフードを深く被った怪しげな輩であった。


「人形だな…」


 黒フードはそう言って帰宅途中の人形の前に立ち塞がる。気味悪がって避けようとしつつ、通そうとは決してしなかった。


「な、なんなんですか…?あなた…?」


 気味悪がって黒フードに言うとフードのしたから不敵な笑みを浮かべた。


「お前はいいよなぁ…。どうせ私は……」


 そう言うと黒フードは人形の女性に向かって右手を振り上げた。


「きゃぁぁぁ!!!!」


 断末魔のような叫びとともに人形の女性は力なく倒れ事切れた。買い物カゴからは果物やら野菜やらが転がり無造作に転がった。

 ほんの一瞬の出来事であった。何をされたのかは目視などでは全くわかなかった。


「はっ…。ほんと脆いよなぁ…」


 黒フードはそう言うと無造作に転がった林檎を手に取って皮など剥かずそのまま齧り付いた。


「はぐっ……」


 シャリシャリと音をたてて林檎をべ事切れて動かなくなった彼女を見つめていた。


「何がご主人様だ…。気色悪ぃ…」


 動かない彼女を見て心底不満そうな顔でそう呟いてその場から去っていった。

 黒フードが去ったあと事切れていた人形の女性は僅かに意識を取り戻した。段々の遠く小さくなっていく後ろ姿を見て一言呟いた。


「ごめんなさい…ご主人……様……」


 彼女はまるで電池が切れた玩具ように二度と動くことはなかった。



「ふふっ。やってるねぇ…」


 離れた電信柱の影から先程の一連の出来事を見ていた人物がいた。黒いコートに白のタートルネックの服を着た女性だった。


「まぁまぁってとこかな。やっぱり」


 その女性はコートのポケットからスマホを取り出して何やら検索していた。


「しっかし、こんなにチマチマやって面白みがないねー」


 検索していたのは人形狩りについてのことであった。ネットで出てきた記事をスライドして流し読んで進めていく。


「もっと派手にやればいいのにさ。1みたいに…」


 そう言って記事を一通り読み終えた彼女はつまらなそうに記事を閉じようとした。

 その時下の関連記事からとある見出しを見て手を止めた。


「御堂アスカ今日から復帰…」


 アスカの記事であった。1年前の事件によって謹慎処分を受けていた天才人形師が処分が解けて活動を再開するというもの。

 その記事を見た彼女はニヤッと笑っていた。


「そう……アスカ。やっと…」


 彼女は記事を閉じて検索エンジンのアプリを落とし、スマホの画面を閉じてもう一度電源ボタンを押した。すると何故かその画面の壁紙にはアスカの顔が映っていた。


「ふふっ。私のかわいいアスカ……」


 壁紙になっているアスカの顔を指でなぞり愛おしそうに見つめていた。


「はぁーあ、会いたいわぁ。今度はどんな顔をするかしらね?」


 彼女はそう言うと不気味に笑っていた。











「今日のニュースです。昨夜未明。一体の人形が何者かに襲われ機能停止したことがわかりました」


 テレビから流れるニュースに釘漬けになってアスカは見ていた。テーブルの上には湯気の立つ暖かい朝食が置かれていた。


「なぁティアナ」


「どうしたましたご主人様?何かお気に召しませんでした?」


 キッチン方で洗い物をやっているティアナにアスカは何か問いかけた。


「あぁ、違う違う。昨日も人形狩りあったらしいな」


「そのようですね…。それに割と近所ですね…」


 ティアナは洗い物を済ませと手をタオルで拭いてアスカの方にやってくる。テレビを見ると昨夜起きた人形の襲撃事件についてのことを喋っていた。

 記者の佐渡が言っていた人形狩り最近立て続けに起きてて、警察も手を焼いているとの事。


「こいつは少し調べる必要があるな」


 食パンを齧り付いてアスカは言った。


「調べてどうするんですか?」


「この事件を解決させるんだよ」


 そう言うとスマホを取りだしてとある連絡先に電話をかけた。


「あ、もしもし?アスカだけど…元気だよ。それより聞きたいことあるんだけど?」


「ご主人様。一体誰に電話を?」


 唐突に電話かけはじめたアスカに電話の主が誰なのか聞いた。


「兄貴だよ…。あ、ごめんそれでさ…」


「アオイ様ですか?」


 アスカが電話をかけた先はアスカの兄であるアオイであった。一体何故かそこに行き着いたのかはティアナにはさっぱりわからなかった。


「全く…全然連絡よこさないから心配したぞアスカ?それでなんだ?」


 スーツ姿にネクタイを閉めたビジネスマンのような格好の男性はデスクにパソコンを広げて何やら作業をしている途中だった。



「兄貴さ。人形狩りって知ってるよな?」


「そりゃあ連日ニュースになってるからな…知ってるけど…」


 アオイは左手でスマホを握り右手でパソコンを扱っていた。何やら忙しそうではあったが電話を切ろうととはしていなかった。


「何か情報とかもってない?兄貴ディーラーだから色々ツテありそうだし…」


 アオイはディーラーの仕事をしていた。人形のそれも御堂アスカの作った人形を取り扱うことが出来る唯一のディーラーであった。

 オフィスにはサンプルの模造人形などが置かれていた。


「いや無くはないけど、それよりお前いつから人形作るんだ?こっちはまる1年仕事がない上にあの事件で色々と大変だったんだぞ?」


「それはごめんだけど。ちゃんと生活出来るくらいの保証金は振り込んでたじゃん」



 片手で不便そうにパソコンを扱っているところに急にスマホが別の者に取られた。


「ん?あぁリリス。すまない」


 リリスと呼ばれる三つ編みにメイド服姿の眼鏡をかけた女性型の人形がアオイの耳にスマホをあてた。


「冗談だよ。それで何が知りたいんだ?」


「えっと……」



 アスカは実兄のアオイから色々と人形狩りに関する情報を仕入れていった。

 メモをとりつつ、あらゆる情報を片っ端から書いていく。


「OK。ありがとう。じゃ」


 用がすんだら速やかに電話を切ろうとした。


「おい待て待て待て待て!!」


「なに?」


 慌ててアオイは止めたが、用が済んだアスカはどこか鬱陶しそうにしていた。


「アスカもう大丈夫なんだよな?」


 アオイは神妙な声でアスカに問いかける。大丈夫という言葉は色々な意味が含まれていた。

 アスカの兄ということもありあらゆる事情を知っているだからこそ出た言葉であった。


「大丈夫だよ兄貴」


「そうか…。わかった…」


 2人の間にそれ以上の言葉は要らなかった。

 兄弟であるからわかるものがあるのだろう。それを聞いたアオイは「頑張れよ」という言葉を言って電話は切れた。


「アスカ様はどうでしたか?」


 リリスはアオイに尋ねた。彼女もまたアスカによって作られた人形であった。そのこともありアスカの身を案じていたのだった。


「あぁ大丈夫だ。それにアスカにはティアナがいる。あの娘がそばに居てくれるから大丈夫だろう」


「そうですね。お姉様がいるから多分大丈夫でしょう…。変な気を起こさなければ…」


 ニコッとリリスは笑った。


「全くだな」


 リリスの笑みにアオイも笑顔で返した。














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