許されざる者
「私はあの事件で家族を喪っているんですよ」
彼女から発せられた言葉は思いがけないものだった。
「私はあの日、違うところにいたから被害に遭わなかった。でも私の家族はみんな…」
「そうだったのか…」
佐渡の目にはうっすらと涙が見えた。おそらくあの日の光景を思い出して出てきたものだろう。
「私はあの日以来、心にぽっかり穴が空いた。あなたを殺したいほど憎かった」
彼女は俯いて膝に置いたノートとペンを握る力が強くなっていく。その言葉にアスカは何も答えることは出来なかった。
いや、言う資格というものはなかった。
「私の家族はめちゃくちゃにされたのに、どうして…どうしてあなたあなた捕まりもしないで、そうやってのうのうと生きてるの!」
「……。すまない…」
アスカは黙ったままだった。
「すまないじゃないわよ!!!!返してよ…。私の家族をお父さんを…お母さんを…おばあちゃんを…弟を…返して…返してよ!!!!!!」
彼女は堪らなくなったのか、立ち上がりアスカのシャツの襟を掴んで叫んだ。涙はボロボロと零れ落ち、アスカの顔に服に染みていく。
ティアナは彼女の行動を止めようとしたが、アスカは左手をあげて制した。彼女の怒りを受け止めることしか今のアスカにはできない。だからこそ彼女の叫びを怒りを聞いた。
「本当に…すまない…」
「本当のことを言ってよ!なんとも思ってないんでしょ!!どうせ世間体を気にして彼女が言ってたことをやっただけでしょ!!!
本当にすまないと思うのなら…人形師なんてやめて牢獄にぶち込まれなさいよぉ……」
掴んでいた襟を離して全身からの力が抜けたように床に座り込んだ。彼女の嗚咽が部屋の中に響いていった。
「君には悪いが俺は人形師をやめない…。辞めるわけにはいかないんだ…」
「どうして…?」
アスカは立ち上がり、彼女と同じ目線になるように片膝立てて正面を向いた。
「それは死んだ母との約束だから…」
アスカはシャツの少し開いてその開いた隙間に右手を突っ込んだ。そして銀色のロケットを取り出した。そこには少し古ぼけた妙齢の女性の写真が入っていた。
「母は俺に人から愛されて人の理解者となれる人形を作って欲しいって言ったんだ…」
「ただ俺はあの事件で、人から愛されるどころか、人の生命を奪い…恨まれる人形を生み出してしまった…」
床にポツポツの雫が落ちた。先程まで表情を変えなかったアスカの目には涙が流れていた。
それに佐渡やティアナは驚いた。
「俺は本当に…君たち被害者に言葉では足りないほどの謝罪をしたい…未来を奪ってしまったことに…」
「償うためには俺自身の手でみんなに愛される人形を作りだす。そして大切な家族になり得るような人形を…」
「…ご主人様…」
ティアナはアスカの言葉を聞いて彼の元に歩み寄ったそして泣いているアスカを優しく抱きしめた。
「ご主人様…。私はあなたと共に罪を背負って生きていきますよ…」
人形であるティアナが人間のアスカを優しく包み込むように抱きしめている姿を見た佐渡はかつて自分の母が生きていた時、泣いている自分を優しく抱きしめてくれた母と自分の姿を重ねた。
人形という無機物の塊である存在にどこか温かさを感じた。アスカの目指す人形というものはこのような形をこと言っているのではないか思った。
涙を拭って佐渡は立ち上がった。
「先生…。私は今でもあなたとのこと恨んでいますし…。殺したいと思ってます…」
「…そうだよな…」
「ただ…」
佐渡は様々な感情をグッと堪えた。今までうちに溜め込んでいたものは先程解放することができて前よりはマシになっていた。
そして無くなったものにいつまでも囚われる自分自身にも嫌気が少しさしていたのだった。
ならばせめて未来がいいものであろうと、そう考えた。
「罪を背負って私たちに見せてください…。御堂アスカが人形師を続けてよかったと…証明してください」
佐渡は憎しみに囚われた暗い表情から新たなる希望を抱いた光のある表情へと変わっていた。
「わかった…約束しよう…」
ティアナに抱かれていたアスカはもう大丈夫だとティアナの肩に手を置いて立ち上がった。
そして右手を握り拳を心臓のある中心部へとあてた。
「この御堂アスカ。人形師として必ず…」
2人は言葉を多く語らずに見つめあっていた。
そしてアスカの覚悟が本物であると信じた佐渡は佐渡は少し気持ちが晴れたかような表情でアスカの家を去っていった。
「ご主人様お疲れ様です」
「あぁ…ティアナ。すまないな」
佐渡が帰ったあとに力なくソファに座り込んだアスカにコーヒーを置いた。
アスカはコーヒーを左手で掴んで一口飲んだ。
「あの記者また来るなんて言ってましたよ?」
「仕事プライベートは別ってことか…」
帰り際にアスカとティアナにはまた取材に来ると言って帰っていった。その時の顔は意地悪な笑顔をしていた。
しかし、佐渡は何かを思い出すように振り返りこういった。
「最近、人形狩りが起きてるらしいので気をつけてくださいね。それでは!」
そう言って帰っていたのだった。
あの時言って人形狩りとは今朝の新聞でその記事があった。しっかりと読むことが出来なかったアスカは再び机に置いてあった新聞を手に取って記事を読んだ。
人形狩り。それは人形のみに狙いを絞った一連の襲撃事件のことである。
犯人は誰なのか未だわかっておらずに、損傷した人形は今のところ27体うち、予後不良つまり廃棄処分が12体もでているのである。
現在も捜査は続けられているものの、何せ証拠らしきものが出てこない。
警察によれば確定していることは実行犯は人形であること。人形は人間の何十倍もの力を持つため生身の人間ではまず歯が立たない。
次に襲撃された人形はいわゆる著名な人形師が制作した、いわゆるA1クラスの人形たちであること。
最後に襲撃した犯人は夜に行動していること。
今現段階でわかっているのは3つであった。
「人形狩りなんて物騒ですね…私怖いです…」
恐怖に震えるような顔をしてアスカの方を見ていた。
「いやいや、ティアナは強いから大丈夫だよ」
なんとも冷たい反応であった。逆に言えば信頼していると言えばいいのだが。
「あ、ご主人様…そんなこと言うんですね…」
「えっあ、ごめん!!冗談!冗談だから!!!」
ティアナの目からハイライトが消えていた。
右手がコキコキと不気味な音を立ていた。
アスカに近づいていく。そんなティアナに恐怖したのか立ち上がって後ろへと後ずさりしていく。アスカの方に1歩1歩と重厚な音を立て近づいていく彼女に恐怖を感じていた。
とうとう壁にまで来てしまいこれ以上は逃げ場がない状態であった。
「ま、待って!ティアナ!君は可愛くてか弱いから!俺心配だよ!!」
その言葉を聞くとティアナは立ち止まり下を向いた。
「私、か弱くて怖がり屋なんですよ…」
「ごめんごめん。ティアナは女の子だからね俺がそばにいるからね」
しかし俯いたままティアナは首を横に振ってた。おそらく自分にとって正解の言葉でなかったことから納得のいってない感じであった。
「言葉じゃ分かりません」
困ったなと思いながらティアナの方へ歩いていってアスカは彼女をスっと抱きしめた。
「これでどう?」
「……ご主人様のいい匂いがします」
ティアナはアスカに包まれて顔を胸に埋めていた。そしてその身体の匂いを堪能するように顔ぐりぐりと押し付けていた。
「ご主人様ぁ…」
アスカの身体に手を回して甘えるような声でアスカ誘惑してきた。
「どうしたの?」
「今日はあの女きてめちゃくちゃになったので…残り1日こうしていたいです」
今日はあんなこともあって日はもう傾いていたので素直にティアナのお願いを聞くことにした。
「ご主人様 …なでなでしてください…」
「あっ…はいはい…」
部屋の中にはこの2人以外誰も入り込まれないような、とんでもなく甘い空気が漂って言ったのだった。
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