天才人形師 御堂アスカ

 彼は椅子に座り特に物音の立たない部屋に飾ってある時計をじっと眺めていた。

 カチカチと長針が少しずつ進んでいく。彼にとっては悠久とも言えるように長い時間であった。1年前の事件以降人形師として活動ができなくなった彼は虚無とも言えるような時を過ごしていたのだった。

 彼は幸い貯えがあったため生活自体は特に問題なかったがあまりにも暇であったのだ。


「ようやくか…」


 まもなく時間がやってくる。人形師アスカとして止まっていた時間が動き出すのだ。

 そんな彼を見てキッチンにて朝食を作っていた人形のジェンティアナは笑って見つめていた。


「ご主人様。そんなに見つめたって時間は早まりませんよ?」


「それは分かってるよ。でも俺はこの日を何よりも待っていたのさ」


 ジェンティアナの方を向いてニコッと笑って見せた。彼女はアスカの顔を見て安堵していた。

 この1年間は彼にとっては非常に苦しい期間であった。連日マスコミから追いかけられ、事件の被害者やその遺族からは罵詈雑言を浴びせられ酷い時は闇社会の刺客から暗殺されそうになったこともあった。


「ティアナ。長かったよ…」


「そうですね。私はご主人様の笑顔が大好きですから。本当に良かったです」


 ジェンティアナはアスカの常に側にいて同じ時間を過ごしてきた。人形でありながらもアスカを愛し彼を支えてきた存在である。

 彼女はアスカが2番目に生み出した人形である。付き合いはとても長い。

 時計の針は8時を指した。これにより謹慎期間は解けて人形師として資格も復活することとなった。


「おかえりなさいご主人様」


 ジェンティアナもとい、ティアナは朝食ををのせたプレートをアスカの前に持ってきた。


「あぁ、ただいま。ティアナ」


 彼の笑顔はまるで無邪気な子供のようだった。





 御堂家。御堂アスカの生まれた家は代々優秀な人形製作技師を輩出してきた由緒ある名門の一族である。この日照皇国にっしょうこうこくにおける人形製作技師の祖と呼ばれる御堂イズナを輩出した超名門。

 御三家に数えられる御堂家、物部家、草薙家の中で歴史は最も古く勢力もかなりのものである。

 アスカは御堂家の宗家の次男として生まれ、類稀なる才能により当主として期待されていた。

 しかし内ゲバの最中、自ら当主になることをやめ出奔したのだった。





 ティアナによって作られた暖かい朝食をアスカは食べていた。


「ティアナ新聞をもらってもいいか?」


「はい。ここに」


 ティアナから新聞を貰うとパンを片手新聞を読み始めた。

 大きな見出しには案の定アスカについて記事が書かれていた。

「狂気の天才御堂アスカ今日人形師の資格復活」そう書かれていた見出しの記事を読み進めていた。


「ほんと、散々に書いてくれてるな」


 パンを頬張り記事を読み進めていく。その記事の内容というのは、あれほど事件を起こした人形を生み出した人形師のアスカをなぜ1年の謹慎で済ませたのか、協会の悪口や御堂家の根回しがあったのではないかということが改めて書かれていたのだった。


「私はこんなふざけた記事を書いた記者許せません」


 ティアナはアスカの横に立って記事を見ていたがお腹に置いていた手を強く握っていた。


「まぁ世間的に見ればそう思うだろうな。どう考えても俺は悪者さ」


「違います!ご主人様は悪くありません!!悪いのは…!!」


 アスカは興奮するティアナを左手で制した。ティアナに対して「いいんだ」と言わんばかりの表情をアスカはしていた。


「ティアナ君は俺の事を庇ってくれる。その気持ちは嬉しいよ…。でも結果は結果だからな」


「で、でも…」


 納得いかない様子のティアナを見て少しため息をつきつつ、食べかけのパンと読みかけの新聞を置いて彼女の方を見た。

 そして右手を彼女美しい銀髪の頭に置いて優しく撫でた。


「ありがとう。君はいつも俺の味方でいてくれて、ちょっと行き過ぎるところはあるけどそういうところ好きだよ」


 優しく撫でられ優しい言葉をかけられたティアナは心地良さとろーんとした表情をしていた。


「ご主人様ぁ…」


「ははっ。ティアナ可愛いなぁ」


「ご主人様ぁ!!大好きですぅ!!!」


 堪らなくなったティアナはいきなりアスカに抱きついて押し倒した。

 母親に甘える子猫のようにアスカの顔をスリスリと頬ずりしていた。


「こら、くすぐったいよ!」


「私にはご主人様以外何もいりません。ご主人様が全てですぅ…」


「わ、わかったから、ちょっと落ち着いて」


 興奮しているティアナを離そうとするもののビクともしない。さすが人形の力人間ではとても振り解けるようなものではなかった。


「もう、私我慢できません!!」


 ティアナの目は興奮して少しイッてしまっていた。完全にヤバいスイッチが入ってしまった。


「ちょ、ちょっと待て落ち着いて!!」


「無理です!」


「即答!?」


「私と愛し合いましょう?」


 馬乗りになっいるティアナは恍惚とした顔でメイド服の紐を解きはじめた。

 必死に止めようと手で抑えるものの、人間の何十倍もの力を持つ人形には為す術なかった。

 そんなある意味修羅場の状態の2人空間を切り裂くようにインターホンの音が鳴り響いた。



「ティアナ?お客が来たようだよ?」


「チッ…」


 軽く舌打ちをしたティアナはメイド服を正して仰向けになったアスカを起こした。

 いい所を邪魔されたティアナは不機嫌な顔のまま玄関の方へと向かった。

 ドアスコープで向こうを覗くと若い眼鏡をかけた女が立っていた。


「女か…」


 無視しようと思ったが今日は生憎アスカがいるためそのようなことは出来なかった。嫌々ながらドアを開けて要件を聞くことにした。


「なんでしょうか?」


 ドアの先にたっていたのはショートカットの眼鏡をかけた白ブラウスに7分丈のデニムを履いた女性がいた。


「あ!これはこれは…わたくしこういうものです」


 鞄から名刺入れを取り出して名刺をティアナに渡してきた。

 名刺には「バロックタイムズ 人形部門担当記者佐渡ユミ」と書かれていた。

 バロックタイムズとは今朝アスカが読んでいたあの新聞のところである。


「記者の方が何の用ですか?」


「御堂アスカ先生はいらっしゃいますか?」


 おそらくは今日復帰したアスカについて取材でもしてきたのだろうとティアナはすぐに感じた。あのような記事を書く新聞ところである。

 話のネタをゆすりに来たに違いない。


「生憎ですが、主人は席を外しております」


「えぇーそうなんですか?まだ朝ですけど?」


「はい。いません」


 ティアナは淡々と応える。普通に在宅してはいるが、アスカこの記者を引き合わせたくは無いと考えた。折角復帰出来たというのにいきなりこんな無粋な輩の取材を受けて気分を悪くされたくないからである。


「またまたー。ほんとはいるんでしょ?」


「いません」


「人形のあなたじゃらちが明きませんね…すみませんー!!御堂アスカ先生!!いらっしゃいますか!!!?」


 女は突然大きな声で家の奥にいるアスカを呼び出し始めた。流石にやりすぎだと思ったティアナは彼女を睨みつけて名刺をビビりに破り捨てた。


「やめてください。しつこいと警察呼びますよ?」


「それは流石に困りますねー。しかし流石御堂アスカ先生。これほどまでに美しい人形を作り出すとはまさに天才…」


 記者の女はティアナの耳元に口を近づけて耳打ちをした。

 その内容に驚いたティアナは瞳孔が思わず開く程であった。


「案内してくれますか?」


 女は不敵な笑みを浮かべそう言った。


「チッ…。ゲス女…」


 ティアナは嫌々ながら記者の女をアスカの元へと案内していった。

 アスカはティアナが玄関の方行ってから、またパンを片手に新聞を読んでいた。読み進めていくととある記事に引っかかった。


「先日に引き続きまたも人形狩りか?」


 最近起きている連続の人形への通り魔の事件の記事であった。読み進めようとした時に、ドアをノックする音がした。


「ん?ティアナか?」


 ドアを開いたのはティアナであった。しかしその隣には初めて見る女性の姿があった。


「はじめまして…。御堂アスカ…先生?」







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