第3話 夢
VTuberオーディション当日、僕はガチガチに緊張していた。
緊張せざるおえなかった。
オーディションと言っても軽い面接とか質疑応答とか自己PRとか一芸披露とかで、特別なことはやらないだろうけど、それでもこんな緊張する場面は僕の人生の中で、高校受験とかくらいだったからだ。
上坂さんから、普段通りの君で行けば、必ず受かるよ!なんて言われたけれど、、やっぱり僕の弱気なくせは治らなかった。
そして、面接の時間がやってきた。面接会場はVTuber事務所の本社のオフィスビルの6階で行うことになっていた。
面接室のドアの前、コンコンコンと3回ノックして、中からどうぞ~という男性の声が聞こえた。
緊張感がMAXになった。
ガチャりとドアを開けると、手前に椅子と机、そして真ん中に少しの空間を隔ててから、奥に男性の面接官が椅子から立ち上がり、その男性の右には、、
「やあやあ、
「えっ?なんでここに!?」
「あはは、私が推薦した形だから許可もらったんだ。こっちは面接官で、事務所のプロデューサーさん。立場だけは偉いけど馴れ馴れしくて親しみやすいから大丈夫だよ」
「おい。
「あーはいはい、
「うむぅ、そうだな。この話は後にして、、早乙女さんすみませんね。気を取り直して面接を始めるので、そこに座ってください」
「は、はい。失礼します」
そんなこんなあって、面接は始まった。
「えーとりあえず、VTuberになったらどんなことをしてみたいですか?」
「そうですね……まぁゲーム実況とかですかね」
「何か早乙女さん自身のことで、面白いエピソードとか、特技とか、何かありますか?」
「うーん、、特技なら、パルクールとかくらいですかね」
「すごっ!早乙女くんパルクール出来んの!?」
「しっ!面接中です」
「あ、すみませーん」
「そのパルクールを始めたきっかけは?」
「某テレビ番組が大好きでやってみたくなったんです」
「なるほど、SA○U○Eですね?」
「あっはい、そうです」
「今浪さん、、ごにょごにょ」
急に、上坂さんは面接官に耳打ちした。
「確かにそうですね……では、次の質問ですが、なぜVTuberオーディションを受けようと、つまり、なんでVTuberになりたいと思いましたか?」
その質問に、僕は、黙り込んでしまった。
答えは持っているのにもかかわらず。
僕がVTuberになりたい理由。僕が、本当にやりたかったこと。
恥ずかしくて、誰にも言えなかった。
世間の目とか、意見とか、それが普通だってマジョリティに押しつぶされてきた。
家族に、友人に、周りの人達に、受け入れられないのが怖かった。
今だって、、、、怖い。
人はたかが面接でというかもしれないけど。
「早乙女くん!!大丈夫。どんな理由でも、君の思ったことを正直に言えば、伝わるし、面接ってそういうところだし!深く考えないで素直に気持ち、話してみてよ」
上坂さんは僕を勇気づけるためにそう言ってくれた。
プロデューサーさんは、それに頷き、優しい目で僕の答えを待ってくれた。
そうだ。
何も怖がる必要なんてない。
ただ、思ったことを素直に答える場所が、ここなだけで、それは何もおかしい事じゃない。ただそれだけの事なんだ。
何もかも、気にする必要なんてないんだ。
「僕は、、可愛い女の子に憧れて、自分もそういう風に、着飾ったり、女子にしかできない話をしたり、人から可愛いとチヤホヤされたりしたくて、、そういう承認欲求を満たしたいがために、、始めました。でも、初配信は単純に楽しくて、もっと楽しみたいなって思いました。そして、自分をもっと見てもらって、視聴者を楽しませたいなって思ったんです」
「素直に話してくれてありがとうございます」
「君の、その気持ちとても大事だと思います。君のような人はVTuber向きの性格ですし、とても面白いです。前向きに検討させてもらいます」
「やったね!!早乙女くん」
そして数週間が経ち、知らされたメールアドレスに、合否の結果が送られてきた。
結果は、合格だった。
僕は素直に嬉しくて跳ね上がるように喜んだ。
上坂さんも、おめでとうと言ってくれて新しいPCとかを一緒に買いに行こうと言ってくれた。
さすがはナンバーワンのVTuber事務所、PC等の身の回りの機材はすべて事務所が負担してくれる。そういうことに詳しくないので当たり前かもしれないけれど。
とにかく、僕の事務所所属VTuberとしての幕が開けた。
◇
「よーし、新しいPC揃えよー!」
「おー!」
僕達はPC専門店へ向かって歩いていた。
「うーん?」
「ど、どうしたの?」
上坂さんが僕の顔をじっと見てきた。
「私は偏見持たないし、何かあったら、守るからさ、してみない?」
「何を?」
「女装」
「えぇ、、まだ流石に心の準備というか、というか守るってどういうこと?」
「それはもう、、こうすること!」
「うわっ!」
上坂さんは僕の頭に覆いかぶさって、抱きついてきた。僕の頭に胸が当たっていい匂いがした。
「こうすれば、周りの人の視線なんて見えないでしょ?」
「いや、視線どころか何も見えないけど……むぐぐ」
「ど?これじゃダメ?」
「わかったよ、次会った時は、女装してくる」
「おおお!やったあ!!楽しみにしてるね?」
まあ、上坂さんがいざという時は守ってくれるらしいし、上機嫌になってくれたみたいだからいっか、と思った。
「そういえば、上坂さんのコース聞いていなかったけど、何コースなの?」
「うちは、声優コース、声優になるのが夢なんだ!」
通りで声が良いと思ったわけだ。
「すごいね、、応援してる」
「えへへ、ありがとー!!」
「夢がない僕にとっては、上坂さんがほんとに輝いて見えるよ」
「え?イラストレーターコースだから、絵を描く仕事とかが夢なんじゃないの?」
「まぁそうなんだけど、ぼんやりとしてるし、声優みたいにキラキラした夢って訳でもないかなって」
「そうかな?うちからしたら、絵を描く仕事をしてる人の方が夢があるって感じするけど!」
「僕にとっては夢じゃなくて、その先がない目標って感じかな」
「ふぅん。そうなんだ」
人が物事を夢と思うか思わないかは、全てその個人の主観によるのだ。物事に対してキラキラとした理想と憧れを抱き、夢中に努力し、叶えた時、嬉しすぎて自然に笑顔になれたり、感極まって涙したりできるものが夢だと僕は認知していた。少なくとも絵描きになることは僕にとっては対して夢ではなかった。
「でもさ、早乙女くん、ウチに受かった時めっちゃ嬉しそうだったからそれはひとつの夢だったんじゃない?」
「それは、、そうかもしれない」
僕はハッとしてそう答えるのだった。
そうこう会話しているうちに、PC専門店に着いていた。
「とりあえず、事務所とかと契約してるゲーミングPCを勧めなきゃいけないんだろうけど、うちはそんなの気にしない自由な主義なので、早乙女くんが重視する項目でオススメしてあげるね」
彼女は忖度しないタイプらしい。僕もそうだから助かった。
「ありがとう。PC全然詳しくないから。とりあえず、僕としては色んなゲームを快適にやりたいから重くならないやつかな」
「じゃあ、これかなー」
上坂さんは1つのゲーミングPCを選んでいた。
「おお、かっこいい!」
それはキーボードが虹色に光ってきてカッコイイものだった。それプラス色んな配信のための付属品も買って……
事務所から費用は出るとはいえ、ウン十万、下手したら100万円を超える額になりそうだ。
「よし」
僕はまた気合いが入った。やる気が湧いてきた。
最高の環境に、最高の設備、そして、上坂さんという最高の先輩VTuberもいる。
なんか、ワクワクしてきた。
VTuber活動は、僕の初めての“夢”になるかもしれなかった。
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