【KAC20241】一つも〇〇〇〇帰れません!?

青月クロエ

第1話

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。




 本日は水曜日。終日雨。

 現在、とある商業施設でフロア一帯の照明が少しずつ落とされていく。

 隣にあるブランド時計店のショーケースの中、デジタルウォッチが示す時間は十九時五十七分。

 私は商品ディスプレイに埃避けの布を被せながら、正面奥の自動扉の様子を窺う。うん、閉店三分前だもんね。客が来る可能性は──、あったとしても、プチプラシルバーアクセサリーショップ、私がバイトする店にはない、と思う。


「そういえば、ジュンちゃんってまだ一個もアクセ売ってないよね?」


 一緒に遅番に入っていた店長の指摘に、ぎくり、一瞬固まる。


「あはは……、そーなんですよぉ。実は今日、指輪のお直し受付とアクセサリークロス売っただけなんですよねー」

「うわ、ヤバいじゃん。お直し受付と備品しか売ってないと今日帰れないよー?」


 出た出た。『最低一個はアクセサリー売らないと帰れない』っていう、うちの店独自の謎ルール。

 本当に会社の規定なのかは知らないし(規定だとしたらブラックでは?)バイトの面接の時には聞かされなかったのに。

 いざ働き出してみれば、店長や先輩たちが夕方以降になるとアクセサリー売ってない人に「今日帰れなくなるよ!」と半分冗談、半分本気で、もしくは自虐で口にしていることを知った。


「ホントに閉店までに売れなかったら帰れないんですかぁ?」

「さー?今まで閉店までに一個もアクセ売らなかった人いなかったもん」


 イエスでもノーでもない。求めていた答えとも違う。

 流れてくるホタルの光に哀愁を誘われるより、焦りばかりが募っていく。

 実態が不明で曖昧な謎ルールに従わなきゃならないのも今更だけど納得できない。


 再び隣の時計店のショーケースをチラ見する。

 閉店さん……、一分切ってるぅうううう!!!!


 遂に、ノルマアクセサリーを売れなかったを果たせなかった最初の従業員になってしまっ──、来た。


 カップル客だよ、カップル客。

 薄暗いフロアで後光が差してんじゃん。

 そりゃ差すわ。なんなら拝むわ。

 あわよくばペアアクセサリー売れるよ。やったね。



「いらっしゃいませー!なにかお探しですかぁー?」


 営業スマイルじゃなくて本心から満面の笑みで声を掛ける。

 でも、あんまりガツガツ行くのはいけない。引かれちゃあ元も子もない。


「えっとー、前にこのお店で買ったペアリング失くしちゃって」

「どうせなら新しく作り直そうかって。閉店直前にごめんなさい」


 拝み倒した上にガッツポーズ決めてもいいですか。まぁ、しないけどさ。

 一応、ギリ閉店前に接客始めたし、確実にアクセサリー売れるから帰ってもいい、筈。『早く帰りたいからさっさと売れ』な店長の無言の圧痛いし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20241】一つも〇〇〇〇帰れません!? 青月クロエ @seigetsu_chloe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ