まにまに(二)
私が勉強をしていると、バアバが部屋に入ってきた。
「タカル、パイナップルよ。台湾産の」
バアバの言葉に、おじちゃんは、おっ、台湾産かと言った。
おじちゃんと話せないバアバに通訳しながら、私が「産地の違いなんてわかるの?」と疑問を口にすると、おいちゃんくらいのパイナップル好きになれば、一口で、いや、匂いでわかるねと豪語してきた。
「えー、本当でござるか?」と私が応じると、バアバは微笑しながら、器に盛ったパイナップルの一切れを、おじちゃんの水槽の中へ落した。
それをおじちゃんは鋏で細かくしてから口へ入れた。それから、うまい、うまい、やっぱり台湾産は鮮度がちがうねと感想を述べた。
その様子をながめていたバアバにおじちゃんが、ところで母さん、いつものやつは買って来てくれたかいと、声をかけた。
私が通訳すると、ええと言いながら、バアバは財布の中から、紙きれを何枚か出した。それは、ロトシックスとロトセブンであった。
「毎月、ありがとうだってさ」と私がおじちゃんの言葉を伝えると、「どういたしまして」と言いながら、バアバは部屋から出ていった。
「ザリガニが宝くじなんて買ってどうするのよ。それに、宝くじって、めったに当たらないんでしょう? 買うのは情弱だって、どこかのユーチューバーが言ってたわよ」
私が問いかけると、ザリガニが、おいちゃんはね、これはドラッガーも名著『「経済人」の終わり』で言っていたことだが、夢を買っているんだよ、おいちゃんは暇なんだ、そして、暇なときは、宝くじで一等が当たった時のことを夢想するのさ、あれを買おうか、これを買おうかってねと答えた。
「当たってもザリガニじゃあ、仕方ないじゃない」と私が言葉を返すと、そんなことないぞ、当たれば、バアバの老後が楽になるし、おまえの進学資金も必要だしな、おまえが勉強に目覚めて医者になりたいと言い出したら、たくさんのお金がいるんだよ、芸術に目覚めたら、美大だと、おじちゃんが言った。
「気持ちはうれしいけど、ザリガニなんだし、買う必要ないんじゃない?」と私が重ねてたずねると、おいちゃんは同じ番号でずっとロトを買って来たんだ、今まで四等までしか当たったことはないけれど、おいちゃんが買わなくなって、その番号で大当たりが出たら、くやしいじゃないかと応じた。
おじちゃんの返答に私はパイナップルにフォークを突き刺しながら、「気持ちはわかるけど……、四等はいくらになったの?」と聞いてみた。すると、千数百円だったなあと、おじちゃんがため息まじりに言った。それから、夏草や兵どものが夢の跡と言い出したので、「どういう意味?」とたずねたが、それきり、おじちゃんは黙り込んでしまった。
宿題をやり終えた私は台所に下りて、ガラスの器を洗った。横にパイナップルを包装していたプラスチックの容器が置かれており、そこには、フィリピン産と書かれていた。
椅子に坐り、犬のミルクをなでていたバアバに聞くと、「台湾産がなかったのよ、大丈夫、わかりっこないから」とのことであった。
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