まにまに(一)
おじちゃんの屋根裏部屋に入ると、水槽の中のアメリカザリガニが、テレパシーを使って言った。イチカ、きょうは遅いな、さっそくだが、とりあえず、チリヌルヲワカのマシーンを聴かせてくれ。
「とりあえずって、ビールじゃないんだから」
おまえが学校に行っている間に聴きたくなったんだ。とりあえず……、とりあえずと言えば、あれだな。
「なによ?」
このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに。
「あっ、それ知ってる。百人一首のやつだ。中学校の行事でカルタ取りがあったから何となくおぼえてる。よく、空で言えるわね、おじちゃん」
私がそう言うと、古今集に載ってるやつだよと、おじちゃんは照れながら言った。
鞄をおじちゃんのベッドのうえに放り投げながら、私が「あーあー、きょう、野田先生、来れないんだって」と言うと、それはまたどうしてと、おじちゃんがたずねてきた。
「親戚に不幸があったから、取るものもとりあえず、新幹線に乗ったらしいの。お通夜に出ないといけないんだって」
彼もたいへんだねえ、それにしても、イチカは野田くんにメロメロだねえ。
おじちゃんの言葉に、「そうかしら、そう見える?」と言いながら、私は自分の髪の毛をクリクリした。
初恋ってやつかい?
「どうかしら、ちがうかも……。おじちゃんにも初恋があったのよね、いつ?」
恋にもいろいろな種類があるからなあ~、どれが初恋だったんだろう、おいちゃんも恋多き少年だったからな。
「知らないわよ。よく考えたら、家族で初恋の話をするなんて気持ち悪いわよね。しかもザリガニだし」
私が長机の右側にある水槽をながめると、おじちゃんが威嚇のポーズを取りながら、ザリガニは関係ないだろうと怒った。
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