私と話さないで(三)

 野田先生が帰った後、「この、ザリガニは、本当に」とバアバがおじちゃんをつかんで、腕を高く上げた。

 おじちゃんはじたばたしながら、母さん、やめておくれよ、離して、いや、離さないで、落とされると痛いから~、ごめんよーと言った。

「私とは話ができないのに、なんで、赤の他人と……。子供の頃は手のかからない子だったけれど、まさか、いまになって、こんなに世話がかかるなんて、私は悲しいよ。私の育て方が悪かったのかねえ」

 ちょっと涙ぐみながらそう言ったあと、バアバが、「田んぼに放してやろうかしら。ウシガエルにでも食べられればいい」と忌々し気に口にした。それを聞いた、おじちゃんは、や~め~て、条件付特定外来生物の放流は、法律で禁止されています~と、さらに暴れた。


 野田先生は変わった人だった。ある日、突然、叔父がアメリカザリガニになったという話を簡単に信じてくれた。「だって、実際にしゃべっていますから」とのことであった。

 興味津々の様子で、「野田サトリと申します。今後、よろしくお願いします」と水槽に向かって頭を下げた。おじちゃんもおじちゃんで、両の鋏を上げながら、「イチカの叔父の、六文銭タカルです。よろしく。でも、イチカに手を出したら、大事なところをちょんぎっちゃうからね。気をつけてよ」と答えた。

 それに対して、先生が笑いながら、「大丈夫ですよ。安心してください。中学生じゃないですか」と答えたので、私はすこしショックを受けた。


 先生はおじちゃんと話が合うようで、勉強中は黙っているようにお願いしていたが、勉強の前後で、よく世界史などの話をしていた。ふたりとも、モンゴル帝国が好きらしい。話題が多いらしく、さいきんは、かなり早めに部屋へ来て、おじちゃんの選曲した歌を聴きながら、ぼそぼそと話し込んでいる。もっと、私ともお話ししてほしいと思いながら、「ふたりとも昔話が好きよね」と呆れながら言ったところ、「歴史ね」と二人は声を合わせて応じた。仲のよろしいことで。

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