布テープ・ガール(一)

 おじちゃんの屋根裏部屋では、長い机の右側に置かれていた水槽の中で、アメリカザリガニが、井上陽水のMake-Up shadowのリズムに合わせて、鋏を振っていた。それだけならかわいい光景ですむのだが、そのザリガニは、おじちゃんがニトリで買ったデュオレハイ3に坐っている私に、テレパシーで音痴な歌声を披露するのが好きだった。

 私はザリガニの歌を無視して、坐ったまま、椅子を前後に何度も動かした。すると、それに連動して、水槽の水面が荒れ、さらに因果に従ってザリガニが揺れた。

 どーうーしーたー、イーチーカーとおじちゃんが言ったので、私はフローリングの床を見ながら、「フローリングの表面がささくれ立ってる。素足だと危ないわね」と状況を説明した。

 この部屋もリフォームしてからずいぶんと立つからなーというおじちゃんの声を聞きながら、私は、机の左端にポツンと置かれていた布テープを手に取った。

 「とりあえず、これでふさいでおこうよ」と私が言うと、おじちゃんは両の鋏を高く上げて、布テープ万歳、ガムテープくたばれと、賛成の意を示した。

 フローリングの床には、すでに二か所、布テープが張られていた。今回で三カ所目になる。それだけではない。椅子に坐って左側正面の壁を見ると、昔、禁煙に耐えきれなくなったおじちゃんが開けた、足の形の穴がある。それも、布テープでふさいであった。ちなみにドアにも、おじちゃんが蹴った痕跡が残っている。

「壁も何だか薄汚れているし、そろそろリフォームする時期じゃない、この部屋?」

 私がそう言うと、家全体がぼろいからなー、リフォームじゃなくて、立て直したほうが早いとバアバは考えているんじゃないかなと、おじちゃんが答えた。

 フローリングの板に、余裕をもって布テープを張り終えた私は、「これでよし」とひとりごちた。

 すると、おじちゃんが、そういえば、階段のいちばん下の段にささくれができたとき、幼稚園児だったお前が、布テープを張ってくれたんだったな、おいちゃんがケガしないようにと、おまえは昔から優しい子だったなと、つぶやいた。

 「なによ、そんな話。おぼえていないわよ」と私が笑うと、おじちゃんが、見ておいで、いまでも残っているはずだからと言った。

 ちょっと気になって下に降りてみると、確かに、不器用に布テープが張られてあった。私は上から布テープを張り直し、私やバアバがけがをしないようにした。ザリガニである、いまのおじちゃんはけがのしようがない。

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