生きるということ(三)
西浦和也先生の怪談はいいなあ、声で驚かせようとしないところが潔い、とおじちゃんが言った。
「このおじさん、にしうらわって言うのね。也いらないんじゃない?」
大阪の和泉市だって、いずみと読むから、和はいらないよ、それと同じ話さ。
「なんで、和泉って、和をつけるんだろう。むかしは、わいずみって読んでいたのかな?」
大昔、泉一文字の地名だったのが、律令制ができたときだったかな、そのときに国名は二文字にするルールになって、和をつけたのさ。
「へえー、あいかわらず、おじちゃんはつまらないことだけは知ってるね」
そう口にして、自慢げにいうザリガニを、私はたしなめた。
動画の中では、おじさん二人が楽しそうに話していた。それを聞きながら、「でも、私、怖い体験ってしたことないな。きのうの内見のときだって、黒い影なんてみなかったし」とつぶやいた。
すると、おじちゃんが、イチカは怖い体験をしたいのかい、それならば、肝試しに行けばいいじゃないか、おいちゃんも子供の頃、よく行ったものさ、と答えた。
「この辺に、そんなところあるの?」と私が訝し気にたずねると、あるさと、ザリガニが胸を張った。
おまえも、近所の映画館に行ったことはあるだろうと、おじちゃんが言ってきたので、「あるわよ。さいきんも言ったわ」と応じた。
あそこさ、ちょっと変じゃない?
「どこが?」
お店の敷地の目立つところに大きな仏像が立っているんだ。
「へえ、そうなの。知らなかった」
むかし、あの土地は大きな工場だったんだけど、前の戦争で爆撃を受けて、たくさんの人が亡くなったんだ、それで、本当かどうかは不明なんだけれど、ちゃんとご遺体を探したり、供養したりせずに、上から新しい工場を立ててしまったんだ。
「それはよくないわね」と言いながら、私は宿題のプリントに答えを書き込んだ。
するとね、工場で事故が多発したり、おかしくなってしまう人が出てきたりしたんだ、そこで困った工場が、仏様を安置すると良くないことは収まった、夜に見ると怖いぞ~、イチカ、今度、見に行って来いよ。
「検討しておくわ」と気のない返事をした私を無視して、おじちゃんは話をつづけた。
それでな、その映画館の近くには、自殺の森と、おいちゃんが子供の頃にうわさされていた雑木林があったんだ、むかし、おいちゃんが道路を二本挟んで、遠くからその林をたまたまながめていたら、白い服を来た男の人が宙に浮いているのを見たんだよ、本当さ。
「遠くからなんでしょ。見まちがいないじゃないの?」と私は再度、適当にあしらった。
すると、おじちゃんが怒りだして、本当だって、見たんだから、と両の鋏を高く上げてから、がさごそと振り回した。
私が「はい、はい」とそっけなく答えると、おじちゃんは舌打ちをひとつしてから、話をつづけた。
それで、この自殺の森のすぐ近くに、これまた飛び込み自殺で有名な踏切があったんだ、こっちは本にも載っていたから、それなりに有名なはずだよ。
夜、踏切で待っていると、線路から、無数の人たちが、こっちへ来い、こっちへ来いと手招きするんだって、それにつられて線路の中に入ると……って、わけさ」
私はシャーペンを動かす手をとめて、「へえ、それはちょっと怖いわね」と反応した。
怖いのはそれだけじゃないぞ、亡くなった人たちをなぐさめるために、たくさんのお地蔵様が置かれていたんだが、ちゃんと世話をする人がいなかったのかな、荒れ果てるに任せてさ、けっこう怖い光景になってたよ、おいちゃんはそこを夜にひとりで通ったことがあったけど、あれは怖かったぜ。
話を聞き終え、私が「おじちゃんは昔から、暇人だったのね」と結論づけると、なんだよー、もっと怖がれよーとおじちゃんが騒いだ。がさごそと。
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